91 ユーレカとメナちゃん
(いやいやいや! 俺、やっちゃいました? とかって話じゃないだろ!? 大体この魔法ってそんなに強いものじゃなかったと思うんだけど……!?)
「よっしゃあ! 流石マグ先生! かっけーー!」
ガッツさん不在の世界で大きくガッツポーズを決めるジェイスの歓声に引き戻され、魔法辞典を手の中に収めて掻き消す。
数歩先で不審な男が居た地面へしゃがみこんで確認してみたが、痕跡は何も残っていなかった。
触手に見えた足の泥や粘液が付着している様子もなければ血や服の切れ端何一つない。
草や砂でさえ元通りで、最初から誰もそこを通ってなど来なかったかのようだ。
(何か、おかしくないか……?)
男が居たはずの場所の状態もそうだが俺は男自身の存在に違和感を感じていた。
何故だろうか。男はこちらと戦う姿勢に全くなっていなかった気がする。
少女にしつこく付き纏って魔法学校の敷地内まで追ってくるようなストーカーが、少女を匿った俺に手を挙げてこないなんてありえるのだろうか。
一方的に俺の魔法を身に受けてやられるだけで、男からは何も仕掛けて来なかった。
これではまるで最初から俺に倒されるために現れたみたいじゃないか。
だからといってあそこで手を止めてやるということは出来なかったけれど。
跡形もなく消え去ってしまった今となっては事情を聞くことも不可能だ。
もしかすると最初から男に敵意は無かったのかもしれないがそれを知る術はない。
(まぁ、何か聞こうにもあの見た目じゃ信用できそうになかったしな……)
あんな状態では俺自身も対話を試みるという選択肢を思いつけなかった。
「はぁ~~~~っ。何とか逃げ切れたぁ」
不審な男に追われていた黒服の少女は特大の溜息を肩でついて、俺たちにお礼を述べ自己紹介をする。
「危ないところをどうもありがとうございました。えっと、マグ先生」
「いえいえ、どういたしまして。怪我はない?」
「平気です。あっ、私ユーレカっていいます。あと、こっちは相棒のメナちゃん」
「ぴゃあ!」
俺の名前はジェイスが呼んだときに知ったのだろう。
頷いて返すと彼女が大切そうに抱えていた桃色の包みが揺れ、赤ん坊のおくるみのようにされているそこから謎の生命体が顔を出して返事をした。
「メナちゃん……?」
「学名的な名前だと……えーと、なんだっけ。メナリシスなんとかで……なのでメナちゃんって呼んでます。本人もそれでいいみたいなんで。ね? メナちゃん」
「んぴぴ!」
パッと見は真っ白な毛に覆われた兎のような生き物だと思ったが、頭には毛が無くてゴム鞠のよう。
触角が付いていて、顔からはみ出しそうなくらい大きな目玉がうるうる。包みの中から出て来た体をよく見れば芋虫のような柔らかい尺体で、飛べそうにはない毛の翼がぴょこんと生えている。
彼女の相棒は怪獣か何かのマニアにウケがよさそうな変わったぬいぐるみみたいな造形だった。
「元気なでっかいイモ虫だなぁ。メナちゃん」
(あ、やっぱり兎じゃくて虫寄りだよな……?)
「この子、メナちゃんは……魔物じゃない……です?」
(魔物? 言われてみればそうも見えるけど、危なくはない? のか……?)
「かわいいでしょ? でもね、メナちゃんってばちょっと人見知りなの。そこもまたかわいいんだけどね!」
「ぴゃんぴ……」
ジェイスとセージュの感想を順番に聞いていると、メナちゃんは二人をきょろきょろ見比べてから恥ずかしそうにユーレカの大きな胸の谷間に顔を埋めた。危険性はなさそうだ。




