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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第4章.機械都市
91/140

90 不審者



「……せ、せんせ?」


「どうすんだ先生? 何かヤバそうだぞ?!」


「わかった。二人もこの子と一緒に下がっていて」


不安そうなセージュとジェイスに少女を預けて不審者の前に立ち塞がり、片手で魔法辞典スペルリストを呼び出す。


「任せろ。君と、俺の生徒達には指一本触れさせない」


我ながら格好をつけたことを口に出来たものだ。

幾つかの文字列が浮かび上がり、風に舞う葉のように俺の手の周りを漂う。


「どいてくれ……彼女を私の中に戻す……約束の時間が、時間がもう過ぎているんだ……」


上手く聞き取れないほど小声で不審者が何か言ったが、追われて困っている少女と真っ黒な追跡者とでどちらの言葉を優先すべきか本能がわかっている。

少女の叫び声ですっかり覚醒した頭で判断すれば、魔法辞典から追跡者を撃退するための一文を引き出し導き出す。


「上手くやれよ俺! 風はやいば!」


先陣は空間を切り裂くようにして飛ぶ風の刃。

ただし目標に到達するまでには軽い切り傷を与える程度の物に変化する波動を敵目掛けて撃ち放つ。


不審者とはいえ殺してしまうわけにはいかない。

少しだけ怪我を負わせるか失神させて捕まえ、あとは王国騎士団バテンカイトスに引き渡すのが一般人である俺の役目だろう。

この世界の法を理解した今となってはそれが最善だということも解っているし、何より魔法学校の敷地で事件など起こしたくはない。


そういえば、魔法学校にはコズエやディルバーがほこりちゃん達を召喚して見張らせている橋を渡って正門を通らなくては入って来られないはずなのだが、少女も不審者も突然生垣の向こうから現れた気がする。

何故だろう。落ち着いたら少女に問う必要がありそうだ。


と、そんなことを考えながら風塵に怯んだ不審者に駆け寄って距離を詰める。


「……っ!」


風の魔法に足を乗せ、勢いに従い敵へ体を急接近させる。

俺に扱える魔法にはまだ直接攻撃や戦闘に特化したものがないが、人を傷つけられないことは逆に安心して魔法辞典スペルリストの力を揮える理由でもあった。

俺が知らないだけでおそらくこの一覧の中にはそういった殺傷能力が高い魔法もあるのだろうが、それを扱うくらいならば肉弾戦で立ち回れるように鍛えるか、アプスに剣を習ったりしたほうが俺の性格的にはよさそうだ。


……俺はこうしている今でさえも目の前の敵に戸惑うことすらある。

血を流して苦しむファリーの姿を思い出してしまうからだろう。ただ、それも彼女やスーを救うために行ったことで全ては結果に過ぎなかった。

それでも考えてしまうし息が詰まりそうになることだってゼロじゃない。


冷徹に割り切ることもできなければ無慈悲な抹消者にもなれない俺にはこの程度の中途半端な魔法がお似合いなのだと、機械都市の奥で待っているマグが仕方なさそうに笑っているように思える。


「そしてこっちは浄化の光……!!」


悲観的に考えを巡らせるよりも今は目の前の対処だ。

思考を切り離し、風に続けて至近距離で光の魔法を不審な男へ浴びせる。

ファリーへの効果を目の当たりにし、テーオバルトとの会話の中で認知した。本来は黒織結晶ヴォイドを取り除いて消すための術だと知った光の魔法は誰かを無作為に傷つけることもない。

と、思っていたのに。


「ぐうっ! ぐああ……ッ!」


「なっ!? ち、ちょっとやり過ぎたか……?」


光を真っ向から浴びた不審な男は悶え苦しみ全身に亀裂を走らせた。

風で軽い切り傷を付けた程度の場所に射しこむようにして浸透し、内側から膨れ上がって爆発四散。

男の体は叫び声と共に泡立ちながら溶けて消えてしまった。


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