88 靄
トレードマークの不精髭を綺麗に剃り白けた金髪を後ろに撫でつけて、着馴れたくたびれたシャツや黒いコートではなく王国行事用のきっちりとした礼服で身なりを整えさせられているのも王国からの指示であり機械都市訪問のために定められた格好だった。
窮屈極まりないが地元の港街のようにはいかない。
税金で飯を食っている騎士の一人としての数えでしかない今のジンガは王国の外交に対する方針に従うしかなかった。
「時にコルベールさんよ」
電子煙草をしまうよう手振りをするジンガに、コルベールは笑顔のまま挙げていた手を下ろした。
「はい。何でございましょう?」
「アイツの調律にはあとどんくらい掛かるんだ?」
アイツという単語にすぐさま察すると、
「イレクトリア様ですね。現在、専門員が調律を実行中で。……ええ、お時間にしてあと十二時間三十八分四十秒ほどでございます」
指の隙間で電子煙草と入れ替わりに引き出したのは複数ある時刻管理の透明な板のうち一枚。
樹脂製の薄い板はホテルの部屋鍵のような長細い表面に電子画面で時間を刻んでおり、コルベールは減少している数字を読み上げて答えた。
「はあ。そうかよ」
俺はそんなに長い時間煙草が吸えないのか。気が狂いそうだ。と、心底思いながらもジンガは口に出さない。
口に出したところでまた同じように電子煙草をコルベールから薦められるだけだと解っているからだ。
使用して納得して都市の外へ持ち帰るという発言と直筆のサインを与えるまでしつこく繰り返しセールスしてくる様子が目に浮かぶと溜息が出る。
「お待ちの間はお部屋に戻られますか? それとも都市をご覧になりますか? もしもお出掛けになるのであれば専用車と運転士をお呼びし、十二時間ぴったりの観光コースをご提供致しますので……」
「そんなもんいらん。徒歩でいい。勝手に歩かせてくれ」
透明な板を曲げて指先で検索窓を拡げながら早口で提案するコルベール。
仕組みは不明だが機械都市での図書館の役割が彼の片手の上で転がされている板の中に全て入っているらしい。
数歩先の通信機(これは既に都市の外にも輸入済みだ)に番号を入力しようとするが、ジンガはそれを一蹴して歩き出した。
「それは構いませんがジンガ様。隠れてのお煙草はご遠慮くださいね。再三申し上げておりますが、都市内の監視カメラは全て私めに繋がっておりますので」
去り際に掛けられたコルベールからの台詞。
どこまでもムカつく不自由な都市の銀床。整備された道にジンガは思いきり唾を吐きたくなった。




