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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
3.5章(3章後日談)
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81 黒織結晶(ヴォイド)

混雑の列から離れて診察室から遠い別室に移る。

明るく殺風景な部屋に通されて数分ほど待っていれば、給湯室からカップを手にテーオバルトが戻ってきた。


「……無事でしたのなら連絡をくださってもよかったのでは」


彼が開口して一番最初に放った言葉はそれだった。

俺にお茶を薦める動作の流れから一連、面と向かった席の正面で、


「マグ先生」


やれやれといった溜息とまるで溶け合わない、静かな憧憬を込めた目で俺を見てそう言った。

彼の表情を見た俺は淡い胸の痛みと急激な違和感を経、冷静になったところで気付かされる。


(この人、これってまさか……だけど……)


あたかも俺を知っているような。口振りに懐かしい人を見るような表情だが、俺と彼は今が初対面のはずだ。

そうだとすればテーオバルトの言っているマグという人物は俺の事ではなく、俺がこの世界に来る前の……スーやアプスや魔法学校の子供たちが慕っているのと同じで、魔王・ミナリスと対峙して「死んでしまったはずの方のマグ」ということになる。

彼は俺を、マグを……俺の知らないマグを知っている人物なのだ。

だから俺に対して今のような態度で、無事だったならと言えるのだろう。


このことは思いがけない幸運でもある。

場合によっては機械都市に行くことよりもマグに関しての情報が貰える可能性があり、会話の内容によって一気にマグの謎に近付くことができるかもしれないのだ。

だが、勿論俺は彼と以前のマグがどういった知り合いだったなんて知らない。

どこまで綻びなく話を合わせられるか。一か八かではあるが、好機とみて身構えてみる価値はある。

機械都市への招待をセファに頼むことは出来なかったが、別角度視点でこの世界やマグ自身の情報が得られるかもしれない。


「テーオバルトさん……」


「'さん'? ですか?」


早速だがしくじったらしい。俺の呼び方に驚いた顔をするテーオバルト。

魔法学校に長居している今となってはこんな反応をされる感覚すらも少しぶりだ。まるで最初のときに戻ったようだ。

スーやアプスに初対面でいた頃のぎこちなさを思い出しつついれば、


「今更かしこまらずとも結構ですよ。私のことは以前のようにテーオバルトとお呼びください」


俺が一人称を間違えたあの時のスーと同じように親しさを感じさせる言い返しをした。


冷静に、「無事でしたのなら」と彼が最初に言ったのを思い返してみる。

彼・テーオバルトはマグに呼び捨てられる程度には近しい存在だった。マグが死亡した時には近くにいたのだろうか。それともスー達と同じように、マグが死亡したという報せ受けただけなのだろうか。まずはその辺りから探りをいれていこう。


「そう、じゃあテーオバルト。ごめんな。俺も色々忙しくてさ」


「……」


怪しまれたのか。確かマグの一人称は俺じゃないとスーにも言われていた気がする。少し気さくにし過ぎたかもしれない。

テーオバルトは黙って、かちり。と、眼鏡のフレームを指で押し上げる。


「別に構いません。私ら研究者などよりも魔法学校の子供たちと居ることのほうが貴方の大切な役目ですからね。ところで、何故貴方はまたセファ先生に機械都市の話などを持ちかけようとしたのですか?」


「ああ。それなんだけど、調べごとがあってね。テーオバルトならどうにか出来たりしないかな?」


「残念ですが」


皮肉ではなく本心でテーオバルトは言って首を振り、続いて話題を変えセファとのやりとりについて問われる。

そこにすかさず俺も尋ね返したが、彼は即座に否定の言葉を返してきた。

だが、それだけで話題を終わらせるわけではなく、


「調べものというのは残留している黒織結晶ヴォイドについての件ですか?」


俺の知らない単語を交えて逆に会話を繋げる。

今度は俺が黙ってしまったのを見かねて、


「まさか忘れてしまったんですか? マグ先生。黒織結晶ヴォイドを取り除く魔法は貴方が編み出したのではないですか」


黒織結晶ヴォイド……? 俺が、取り除くって……?」


――――黒織結晶ヴォイド

彼が言った謎の単語に関する情報を頭の中で即座に組み立てる。

マグの魔法で取り除く物と言えば、ファリーを苦しめていた黒い塊のことである。

それはファリーだけではなく彼女の記憶の中で魔王・ミナリスの体を取り囲み生えていたおどろおどろしい物体。

そして彼女らの体を蝕んでいるように見えたその黒い塊は、この世界で目を覚ましたときから俺自身の体にも存在していた。


(そうか……これのことだ……)


自分の頭に付いた角に触れ、カップの中に映った自分と見つめ合う。

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