80 俺(マグ)を知る者
「セファ先生。貴方にお話ししたいことと頼みたいことがあるんです」
「……取材ならば受付を通してくれ給え」
提げ看板は通過出来たが、セファの二言目はまるで門前払いな言い様だった。
先程入れ違いに去った気さくそうな医師、コランバインも同じように俺のことを部外者扱いしていたが治癒団にはそれだけしょっちゅう取材が来るということなのだろうか。
常人には習得できない治癒魔法を扱う者が複数人所属し、この世界での病院の役割と病理研究の大半を請け負っている大きな組織ともなれば需要はあきらか……と、考えてもいい。
港街の診療所が今のように押しくらまんじゅうになっているのもわかるし、見ず知らずの俺がポンとやってきたところで当然の扱いをされているのだろう。
「私は今から回診なのでな」
言い放ってセファが去ろうとする。
「俺別にインタビュアーとかじゃないんです。機械都市へ行くためにお聞きしたいことがあって……」
ポップなヘアカラーと天使のような外見×(かける)辛辣な眼差しがちぐはぐな彼の、毅然とした佇まいにも引き下がるわけにはいかない。
患者でも記者でもない俺の図々しい申し出を、不愉快だと言わんばかりに怪しんでセファが眉間に皺を寄せた。
「機械都市だと? 君に構っている時間はない。すまないが患者を待たせている」
俺を見るセファの目は予想していたよりも遥かに冷たく、最初からこの人が相手にしてくれないことを俺は悟っていた。
それだけの威圧があり、医院の代表責任者たる威風もある。
患者のことしか頭にない。と、はっきり言い、態度にも表す。
真面目で厳格で融通のきかない、竹を割る以前にがちがちに硬くて割れない竹そのもののような性格なのだろう。
診る事と看る事がこの人の本質で行動原理で全てなのだろう。
取りつく島もないとは今の俺を表現するための言葉だった。
けれども俺は機械都市へ向かう為の手がかりを、この人物が持つ切符を諦めてのこのこ帰るわけにはいかないのだ。
「行き方を教えて欲しいんです。機械都市へ行くには往来できる人の推薦がいるとうかがいました」
「だとしても初対面の君を私が推薦する理由はない。帰りなさい」
「でも」
「……警備! 彼を送り出して差し上げろ」
セファの苛立った語気を聞き付け、金髪ロン毛の大柄な男が俺の前に現れた。
鎧に金色の鷹のメダルが嵌められている。おそらくジンガ達と同じ王国騎士団の別の部隊の人間なのだろう。
思い返してみれば診療所の看板脇にも同じ鷹の部隊証をつけた人物が何人か立っていた。
金の鷹マークはカナンに連れられて騎士団の支部に到着した時にも見ている。
ファリーに傷付けられた人々に治癒団と共に寄り添っていた人々も、スーを路地裏に連れ込んだ卑しい男も確か同じ物をつけていたはずだ。
王国騎士団にも様々な立場の騎士がいるとは聞いていたし実際に見ても来た。警備と呼ばれた通り、この大男はこの診療所やセファら医師の護衛についているのだろう。
「君ねぇー。邪魔したら駄目じゃあないかあ。セファ先生はお忙しいんだよぅ?」
間延びした喋り方の騎士は肉厚な手で俺の肩をぐいと引っ張り、俺とセファとの距離を離す。
だが、それで怯むぐらいならばここには来ていない。
考え無しの俺は意地を張ってその手をどけ、背を向けたセファを強気に追い掛ける。
「セファ先生! 事情を説明させてください!」
「しつこい奴だ。話がしたいのなら相応に段取りをしなさい」
だが、やはりセファは俺の話を聞こうとしない。それどころか、機械都市という単語を口にしてからというもの、どこか焦っているようにすら感じられる。
もう一息だ。無理を押し通すのはジンガ達にだってやってのけたんだ。脳みそを掻き回され、苦痛の連続だった嘘発見器にも耐えた強靭な俺の鼻や精神を見くびるなよ。
「い、っで……っ!」
「あのねお兄さん、聞き分けて貰わないと。先生が困ってんだぁ」
鼻っ柱と精神力に自信はあっても物理では俺はてんで駄目だった。
とてもではないが、巨体に覆い被さられ潰される前にギブアップせざるを得ない。先ほどよりも強い力で肩を掴まれ、骨が軋む感覚に俺も押し黙ってしまった。
もう少しで手が届いたはずの大きな手掛かりが目の前から去ってしまう。真実へ向かう道のりと俺の体が暴力に引き裂かれそうになった時、
「お静かに。ここは病院ですよ。ガルラさん、もう結構です。セファ先生、すみません。こちらの方は私がお呼びしたんです」
「何だと? 確かか、テーオバルト」
「ええ、受付で待っているように伝えたのですが私がお待たせし過ぎてしまったのです。失礼致しました。セファ先生は回診がございますでしょう」
黒縁眼鏡に白い蝙蝠羽根。顔の横にはスーと同じ角。
助け舟として登場した白衣の竜人、テーオバルト・H・リントヴルムが俺に話を合わせるよう合図をくれ、危うく大男に捻られて迎える最悪のエンディングは回避できた。




