表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
75/140

74 さよなら、手探りな夜明け

ファリーを狂気で縛り操っていた漆黒色の鉱石は、奇しくもこの世界で一番最初に……誘拐されたスーやアプスを守るために路地裏で使った光の魔法によって取り去ることができた。

それが何を意味するのかはっきりとはまだわからないが、きっと真っ先に発動出来るようになったからには重要な魔法なのかもしれない。

一帯が強く発光するだけの魔法ではなく、ファリーに取り憑くように生えていた本来あるべきではない悪しきものを除却する力があることは確実だ。


そして、この力こそ命を落としたマグがファリーを鎮め救うために俺に託した力なのだとも考えられる。

もしかすると俺はこのために異世界の地を歩むことになっているのかもしれない。次与えられた使命を自覚できるような要素の一端を頭のなかで繋ぎ合わせている。

そうあって欲しいとも願うかのように。


悪しきもの……彼女の記憶にあった魔王(ミナリス)を覆い、(マグ)の頭の横にもついている結晶は確かにファリーを悩ませていたものと同じに見える。

しかし、発光魔法を浴びても俺の頭にはまだ結晶の角は生えたままでいる。同じものならば今までのうちに消えてしまっていてもいいはずなのに。何故あるのか。


それを考えている間にも、事態は収束とは別の方向に向かっていた。


「ファリー……?」


「お母さん……っ」


目の前で起きていることは自分が引き起こしたことに(たが)わない。

彼女を救うと決め、彼女を救うためにこの場所にいるのだと自覚して来たからには、ジンガ達が託してくれたからには。俺自身がこの問題を解決しなくてはいけない。するべきなのだ。解っている。


「くそっ! なんで……! このままじゃ夢の中と同じ別れになってしまう……どうすれば……」


容態が悪化する母竜を前に心配の感情が焦りに変わり、爬虫類のガラス玉のような目に涙を浮かべるスー。胸を痛めながら俺はファリーの傷を凝視する。


大きな体にできた穴をすぐに塞ぐ方法は、ない。治癒の魔法を使える蛇十字(リントヴルム)の者も近くにはいない。

治癒魔法が使えるとすれば倒れて苦しんでいるファリー自身だが、見るからにそれは厳しい。

次の手はどこか別の場所へ、今いる全員で彼女を運べるかどうか。自身は一人ではない。協力してくれる騎士たちと、多くの仲間がいてくれている。ならば解決の糸口は思考を外側にすれば広がってゆく。


(落ち着いて考えるんだ……スーを悲しませない……ファリーを苦しませない方法を……)


巨大化できるジンガの片腕を借りるか、フィーブルの怪力で以て持ち上げられるのか、またはイレクトリアに何かしらの都合のよい物語を読んでもらえればどうにかできるかもしれない。……一筋見えてきた。


(どうにか…………? まてよ。できる。閃いた……!)


ジンガの言い付けに従い一同を連れて来たフィーブルがファリーの様子を見て「酷い……」と狼狽え口を隠す。

俺は彼女の両手を見、どうにかの先に続く方法を思い付いた。正確には彼女が口元を隠すのに持っていた一冊の絵本に目を付けてだ。


「フィーブルさん!」


「はっ、はい! わ、私ですか? なんでしょう……?」


呼び掛けるとフィーブルはビクッと肩をすくませて俺を見た。


「その絵本、最後はどうなるんですか? どういう結末なんです?」


「えっ、先生さん? そんな場合じゃ……こんなときに何を言って……」


「いいから! 教えてください!」


目を丸くする彼女に強く言う。彼女は大事そうに持っていた絵本を俺に恐る恐る差し出して答える。


「ええっと、港街を世界を飲み込む荒波から守り抜いたファレルファタルムは宝石になって空へ昇って星になるんです……それでおしまいです。その、それがどうかしましたか……?」


それだ。確信するにはまだ早いが少なくとも今の状態を変えられる。ファリーを苦しみから解放し、スーを悲しみから遠ざける方法は絵本の中にあったのだ。


「それ俺に貸してください!」


「ど、どうぞ?!」


疑問符を浮かべているフィーブルから急いで絵本を受けとると夜空の挿し絵が描かれた最後のページを見開き、


「読んで貰えますか? 貴方の空想魔法(ビジョン)で」


俺は彼女の隣にいたイレクトリアへと突き出す。

書物に記された物語を読んで放つイレクトリアの魔法は一見は記録魔法(ログ)に見える。だが、俺を尋問する際に彼が取り付けた嘘発見器は発動に一貫性が感じられなかった。本を媒介にするならば彼自身が俺に鼻を犠牲にするか狼に噛まれるかを選ばせなくとも決められた一文をなぞれば済み、術をかける相手に想像をさせる必要がない。

第一に記録魔法(ログ)ならば相手の精神に働きかけるようなことはできず、ビアフランカが、念じて人を殺せるほど他人に作用できるのは空想魔法(ビジョン)の使い手しかいないと教えてくれた。

もっといえばフィーブルが俺を庇った時、直接彼を「空想魔法(ビジョン)を悪用していると密告する」とまで言っている。


「はて……」


「お願いします。スーもファリーもこのままにはしておけない」


俺も彼に賭けたわけではない。瀕死になってしまったファリーに向けられたイレクトリアの冷たい目が彼女から興味を失っていることは解っており、断られることまでも見越していた。


「私には関係ありませんよ」


「イレクトリア。読んでやれ」


見越していた俺を愉快そうに笑って命令するジンガがイレクトリアの側には居る。

俺はそこまでを視野にいれてこの場を切り抜ける策を思い付いていたのだ。


「隊長……? しかし、あの竜を消してしまっては上部にどう報告するんです?」


「いいからやれ。俺から命令する。そのクソトンボは俺らの協力者で守るべき市民だ。討伐の証拠なんざどうにでもなる。泣いてるガキ見たら泣き止ますのが先だろうが馬鹿」


俺をちらっと見た後スーを視線で示す。一喝するジンガに押し黙り、イレクトリアは俺の手から絵本を受け取った。

口は悪くて無愛想だが絵に描いたように義理人情を重んじる。それがジンガの性格で、何だかんだで俺の訴えを真摯に受け止めここまで連れて来てくれた。

きっと彼の銀蜂隊に全てを任せていればこれほど時間を掛けることも手間を取ることもしなかったのだろうが、それでも俺の気持ちと子供(スー)を守ることを考え優先してくれた。

俺はそれを昨日からこれまでの短い時間で把握していたし感謝を抱きつつもあった。目配せは(かわ)されたが、ジンガと交わしあってきた信頼のお陰で思っていた通りの対応をしてくれた。


「……ありがとうございます」


「隊長の命令ですので」


素っ気ないが、きっとジンガの部下である彼だって隊長の性格を俺よりも理解しているのだろう。理解しているうえで業務的な態度を取るほど性格が悪いところは感心ならないが。

イレクトリアが絵本の最後のページに並ぶ文字を光らせ、ファリーのもとへと歩み寄りすぐに詠唱を開始する。


「『やがてファレルの街を救った英雄は力尽き、安らかな眠りにつきました。砕けたその身は輝きを宿し、宝石は無窮の煌めきを絶さぬよう星々となって夜空へあがってゆきます』……」


ファリーの体に魔法の灯火(ともしび)が映る。揺らめく光は彼女の竜の輪郭を覆い隠し、俺らを一瞥してから夜空に向かって巨大な光の柱をたてた。

柱は煙を巻き上げるようにたなびきながら組み上がってゆき、やがてファレルの街を見下ろす時計塔か教会の屋根を模した風景を内側に浮かべながら広がってゆく。


夜を溜めた青、夕陽を閉じ込めたオレンジ、血潮を愛した赤。噴き出していた血を色鮮やかな輝石に変えたファリーがゆっくりと呼吸をし、安らかな笑みをこちらへ向ける。


「さようなら。私の愛し子と、私の愛したひと」


彼女の微かな声を聞き取って、


「ああ、さよなら。ファリー……『街と共に生まれ生きた竜……ファレルファタルムは人々を見守る星座へと姿を変え、いつまでも空に在り続けるのでした。』……」


俺も一緒に物語の終わりの一文を読んだ。


これが、マグの魔法頼みではなく俺自身の考えた方法でファリーとスーを悲しませないよう行動した結末だった。

忙しく目まぐるしく表情を変えながら吹いたり止んだりしていた風は、今は冷たく頬をかすめるだけ。

消えていくファリーの姿をなぞるように、俺は指輪を預かった片手をあげ彼女に別れの挨拶を告げたのだった。







第3章、これにて完結です!


ここまでお読みいただき

ありがとうございました。

次回からは

後日談を挟んで

第4章「機械都市」へと続きます。


ブクマ、評価、感想、

読了報告などなど!

頂けますと励みになります(*´▽`*)

更新がんばりますので

よろしくお願いしますーー!





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ