06 高級店は日本円
「ええっ?! 28000円だって?! いやいや、これ何かの間違いじゃないのか……?」
退店前の会計でひっくり返りそうになる。
レジスターを爪で器用に叩く犬頭が俺をじろりと見た。
「お客様」
低い紳士声で話す犬頭が指す少しアンティークな機械には「円」という表記で金額が表示されている。
ファンタジーに溢れた西洋風のこの世界での通貨が日本円なことにも驚いたが、それだけならこんなに大きな声を出したりはしなかっただろう。
「パンケーキが10000円、コーヒーが8000円、席料サービス料を1名様につき5000円……」
手書きの伝票を読み上げるスーも俺のとなりで唖然としていた。
明らかにゼロが一つ多いのではないか。
確かに味は良かったし店の居心地も眺めも良かった。
だが、それにしてもである。
(カフェでサービス料という表記もなかなか。見られたことがないんじゃないか)
「先生ごめん。ボク頼みすぎちゃったかも……そんなにお金持ってないよ……」
俺が払えないことを先に察したスーが小さな声で謝罪したが、これは彼女のせいではない。
この店の価格設定がとんでもないのである。
しかし、そう決め付けるにはまだ判断材料が足りなかった。
仕方がない。
この世に蘇ったマグ先生は、蘇ったばかりなので今の時代の金銭感覚を知らないのだから。
自分に言い聞かせ、涼しい顔をした犬頭に文句を垂れたい気持ちをぐっと堪える。
まさかだが、前の俺はドケチだったのだろうか。いや、それはないと思いたい。
とんでもないぼったくりだと決め付けてしまったまま、他の客の会計を見守ったが、どうやら俺がドケチの可能性が少しだけだが浮上してきた。
俺から見ればどう見ても桁が一つ多い金額を提示されているが、この店の利用客は誰一人として俺のように驚嘆する者はいなかった。
みな黙って財布から金を出し、上品に犬頭と微笑み交わして去っていく。
信じがたいが俺とスーが持ち合わせに不相応な店に入ってしまっていたのだと思い知らされた。
「お客様、いかがなさいました?」
冷淡な声が降ってくる。
俺より背丈のある犬頭の紳士が丁寧な振る舞いで、しかし威圧的な眼光を宿しながら尋ねてきた。
「その、お金が……」
こうなっては正直に言う他無い。
スーの前で格好悪いところは見せたくなかったが、嘘をついてごまかすよりはましだろう。
できればもっと毅然とした態度になりたかったけれども。
何かしら意を示さねばとポケットを裏返すが、最悪なことに俺は財布を持っていなかった。
財布どころか一銭も持っていない。
マグは死んだときすっからかんだったのだろうか。
死人を恨むことはできないが、恨めるなら恨みたい。
これには更なるピンチが追い討ちをするべくやってきた。
「はぁ。さようでございますか」
固まってしまった俺に犬頭は肩をすくめて俺に向き直る。
「あの、店長にお話を……」
「料理長兼オーナーは私、シグマと申します」
犬頭は首を振って答えた。
ただのウェイターにしてはやたらと貫禄があると思っていた。
犬頭は自らを責任者だと言いレジ台についた店のロゴを顎で指し自己紹介をした。