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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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68 次第に

集約された景色の移り変わりが再び巻き起こった。

俺が見た夢へと繋がる、彼女(ファリー)の苦難の回想の終わり。


化け物が変態したマグと肌を重ねた彼女はやがて人の姿を手放し、完全な竜となって静かに眠りについた。

既に腹部には膨らみがある。次のシーンではスーをもう身籠っていたようだった。体の内側に宿った神竜の継ぎ種……否、大切な我が子を守るように体を丸めて休んでいる。


またその次。赤い肉の化け物が消え去り一人きりで閉ざされた部屋に残ったファリーはスーを出産した。

この世界の竜は哺乳類と同様に胎生の生き物だったらしい。爬虫類のように卵から孵るものだと思っていたが、ファリーの足元にスーと一緒に殻が転がることは無かった。


そうして、広いだけの何もない部屋で再会を喜ぶマグとファリー。

間に吹く穏やかな一瞬の光景と、暖かな風。

二人の傍に寄り添う一抱え程の大きさの子供の竜は、母親から産み落とされたかつてのスー。


(ああ……これは夢でみた)


あの景色と、血溜まりを背にした悲惨な終わりだ。




(……ファリーは俺に、これを……彼女が亡くなるまでのことを伝えたかったんだな……)


ふわり。と、俺の体が浮き上がった。

次第に頭痛や目眩を消し去り、体が解き放たれるような心地。景色を硝子越しにぼかしていく視界。両目を開いて見ているうちに晴れていく。

部屋の明かりが消え絨毯の足場が無くなり、生い茂る木々の上に戻される。手指の感覚も返ってきた。


再び目を閉じ、ファリーの呼吸に心臓の音を合わせて耳を澄ますと、俺は彼女の記憶の再生を終えて戻ってきていた。まるで時間が止まっていたかのようだ。


俺の触れている姿のファリーは、空に浮き羽撃(はばた)く白く輝く美しい月の女神のような風貌でそこに居たのだった。


「スーが神竜の継ぐ子……? 神竜って?」


「魂を運ぶ役目を持つ竜の起源です。我々の母、キュリオフェル。人間達を管理するために治癒魔法(リペア)を造り、十字蛇竜治癒団(リントヴルム)を築いたあの方」


キュリオフェル。何処かで聞いた名だと思っていた。ファリーの口から出たその名前は、ビアフランカの(しる)した教科書の中の人物名だった。


背景に十字を背負い、天使のような描かれ方をしていた顔を隠した聖女。治癒の魔法の第一人者で、治癒の魔法自体が彼女の血筋にしか扱えない特殊な物だともあの時にきいた。

情報が繋がる。魔王に治癒魔法(リペア)を施そうとしたファリーはキュリオフェルの子孫で、そうなると彼女と謎の魔物から生まれたスーもまた血縁者の可能性がある。いや、きっとそうなるのだろう。


「会いたかったよファリー。ずっと俺も……」


「……忘れないでいてくれた?」


自分を落ち着かせ、穏やかな彼女の手の中で囁く。夢の中のマグがしていたように、ゆっくりと互いの緊張と興奮をほどいてゆく。


時を経て再び会い見えた大切な人を愛しげに見つめるファリーの瞳。真正面で映り混んでいる俺の姿。

彼女の目の縁が濡れ、長い睫が下を向くと共にその映像が滲んで歪む。


「なぁ、ファリー。どうして君は人々を傷付けたりなんてしたんだ? 森で仕事をしていた騎士の皆も、街へ向かっていた荷馬車も……」


穏やかではある。しかし、今にも泣き出しそうなファリーに問う。

俺達が彼女を探した理由を。騎士らやシグマの話していた事を並べて。


「そんなつもりはなかったの。でも……抑えきれない。だから貴方に止めて欲しくて貴方を探したわ。マグ……」


どこか不穏な気配を帯びる回答。嫌な予感がする。


「止めるって何を……」


彼女から俺の想像とは異なる返事が返ってきた。途端に穏やかな空気がどよめき、ファリーは咽ぶような声で答えた。


「私の意思とは違う、衝動が……貴方を怨めしいと思ってしまう気持ちが溢れてしまうの……」


彼女の様子がおかしい。俺を支えていた手指が震えている。大きな紫の宝石のような目の真ん中でマグの輪郭が更に滲む。どんどんいびつに歪んでいく。

淀んだ気配が足元から上がってくる。

まるで、ついさっき彼女の再生の中で見た魔王と謁見する時のような不気味でおぞましい気配が脳をひりつかせる。


「う……っ!? ファリー……?」



ギュオオオオオォォ……!



「マグ、わたしの……わたしの……」


その時、吠える竜に合わせて辺りの空気が破裂する音がした。



「私の子を奪った貴方をユルサナイ……! 殺しテヤル! 私を見捨て! 大切な子を奪バッタ貴方を赦サナイ!!!!」



彼女が嘆き、放り出された俺の体が空を舞う。

突如怒りを顕にしたファリーの腕から放たれ、咄嗟に持っていた剣を握り直して振り上げる。


「お、落ち着いてく、うわっ!!」


鉄の刃が彼女の腹部の鱗に挟まり、俺は間一髪森への落下を免れた。

だが、両足はともに下を向いたまま、運命を重力に任せっぱなしだ。

刺さった剣が俺自身の重みで軋んだ。

真上を見上げればファリーの長い首から俺の手がある上までを紫の電光のようなものが走り、黒い結晶達が露出する。


先ほどまで見られなかったそれは、ファリーが再現した魔王を覆っていた結晶……俺の、マグの角と同じあの黒く穢れた塊たちだった。嫌な予感が的中した。







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