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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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67 神竜の継ぎ種

時間が逆行するように、ファリーを貫いた腕が引き戻される。

感触は無い。触れているのに、触れてはいない。

彼女の再現するこの記憶へ干渉出来ないことに俺は絶望を縫い付けられた。


崩折れて魔王に抱き止められる彼女を取り戻せない。

俺の腕は真っ黒に染まり、魔王の物になっている。俺の意思で動かせない。焦燥に唇を噛むが、どうにもならない。

体が動かない。頭痛もまだ酷い。かろうじて片目を開いていられるが、それ以外の動作が不可能だ。気合いでどうにか出来ればよかったのだが、そうもいかない。


問題が体の外にも内側にも山積みのなか、冷静でいられるだけ今すぐ誰かに褒めて慰めて欲しい気分だ。そんな冗談も浮かべる余裕なく思考が霞む。


(く……っ!!)


そうして、次の瞬間には再生されていた舞台の中の何もかもを吹き飛ばして場面が入れ替わる。

役者を塵に掻き消して乱暴な地上の継ぎ目を切り、押し退けるようにして、暗く赤い部屋が崩れ去る。

まだ終わっていないのに。幕を閉じるようにあっけない。


ここから先は寝ている間に俺が夢でみた広い部屋での出来事。

俺がジンガ達に正直に伝えた内容を振り返り思い出す。


ファリーは幽閉された。魔王……黒い結晶とグロテスクな肉に覆われ痩せ細った少女、ミナリスのいた場所で。

魔王を救う癒し手だと言っていた彼女は、討伐軍が結成されるよりも早く魔王に接触していた。

返り討ちにされてしまった彼女は捕らえられ、ストランジェットを身籠り一人で産んだ。それをマグが取り上げて……。


(待てよ。スーは一体ファリーと誰の子供なんだ?)


疑問への答えは今現在、見ている光景にあった。


広い部屋の隅に今はまだ人の姿で横たわるファリー。苦しげに肩で呼吸をしており、膝から下が竜の物へと次第に変わってゆく。

彼女は爪の付いた鱗足と白い尾を投げ出しぼんやりと空虚を眺めていた。呼吸は深い。吸っては吐いて繰り返して。

胸には魔王に刺され穿たれ、自らの治癒魔法で塞いだばかりの裂傷が痛々しく残っている。


鱗の内側に滲む黒い結晶の色と赤い血の色が混ざりあっていたその場所は数秒前まで俺が手で触れていた場所。

その傷は魔法学校の玄関でカナンが俺達に見せたあのイラスト……禍々しい何かを埋め込まれた竜の姿を連想させた。

あの絵に感じていた不穏な感覚は、この負傷したファリーについていた暗黒色の影だったのだ。


彼女の傷を優しく撫でるように伸びてきたのは、魔王を包み覆っていた物と同様の肉の蔦。

魔王と違うのは少女よりも更に恐ろしい物に繋がっているところだろうか。


(あれは……魔王とはまた違う……?)


ファリーの頭の真上には彼女の体の半分程度もあろう巨大な目玉が一つ。

剥かれ肉の土台から抉り出された眼球がぶら下がっていた。

血管を収縮させ、全体でどくんどくんと心臓が鳴るような音を響かせながら彼女を見下ろしている。


「ファレルファタルム。神竜の継ぎ種をキュリオフェルから預かってきた」


落ち着いた声が一つ、何処からともなく部屋に落ちてきた。司祭風の男のものとはまた異なる声音がファリーを呼ぶ。


「ええ。……神竜(キュリオフェル)は私の代わりをつくれと言っているのですね」


悟ったような瞳でそれを見上げ、目玉の下から伸びてきた触手を身に受け入れるファリーは、諦めたような表情に複雑な感情を混ぜていた。

どこか捨てきれない期待を寄せているのか、それとも。


「あぁ、魔神蟲(エルトダウン)……。神竜の継子を宿すのなら……どうかせめて愛する人の姿で抱いて欲しいのです」


「望みを聞き入れるよ。では君の愛した人間(ヒト)の話を……声や姿を再現できるよう詳しく聞かせておくれ、ファレルファタルム」


眼球の化物から降る声が彼女の願いを優しく受け入れ返事をした。

起き上がるのもやっとといったファリーが肉芽に身を突かれて寄り添えば、触手はたちまち重なり組み上げられて人の外見をつくりはじめた。


それはやがてマグを真似て姿を形成し、倒れているファリーに身を重ねた。肌を合わせて目を細める彼女の手首にそっと口付けをし、片手を局部に差し入れて粘膜に触れようと愛撫を始める。甘い吐息を漏らしながら舌を絡めて舐め合う男女の目合(まぐわ)い。

吐息の音までが聞こえてくる。


「そんな……」


つまり、スーの父親は。

あの血肉の塊のようなグロテスクな生物がマグ役を受け入れて化けたものだということになってしまうのだろうか。


頭痛が退けた途端に場面を見ていられなくなってしまった。背筋が凍りそうになり、俺は思わず情を交わし合う二人から目を逸らした。








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