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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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63 二つ目の魔法


「あれが……、ボクのお母さん……?」


隣で息を飲んで呟くスーを見る。戸惑いと憧れと恐れと不安の入り交じった表情をした彼女の、揺れている瞳の真ん中に映るものを見る。


「ああ……」


彼女が見ている真っ白な輝きを、目の中でぼやけて震えて僅かに滲んでいるファリーの姿を。

確かに夢の中でマグに寄り添っていた神秘的な白鱗。苦しげな声で鳴きながら夜空に立ち上る煙か(もや)のような存在を視認する。

視認しているとはいったが、ファリーは感覚的に瞳の中に入ってくる一片(ひとひら)の雪のようなそんな存在として遠くにあった。

咆哮からは想像しがたいほど、視覚的には繊細だ。


「……出ました! ファレルファタルムです! 隊長!」


「きゃっは! ドドンのぴっしゃりってやつ!」


再びジンガの指示を促すカナンと、武器を構えて舌舐りをするミレイ。

森を揺るがせた竜の声に吸い始めたばかりの煙草を一本持っていかれたジンガは、黙って俯き思案している様子だったが、二人の声に顔を上げれば、


「割れるぞ。カナン、イレクトリア、お前らでソイツを(あれ)まで運べ。ガキは置いてけ。ミレイ、シグマ、お前は俺とこのまま殲滅(ツブシ)だ」


俺のことを顎で指して連れ添う二名を指名し、自身とあとの二名は残って魔物退治を続けるとの答えを出した。

頷き合い二手に別れる皆を見ながら、夜空に羽撃(はばた)くファレルファタルムを見上げて唖然としているスーの手をシグマに預け、反対に持った剣を握り直す。


「先生っ……ボク……」


「俺に任せて。シグマさん、スーとアプスを頼みます」


手のひらをシグマの大きな手に乗せられ、俺を心配そうに見上げるスー。彼女の頭を撫でると、シグマも頷いてスーに寄り添ってくれた。


「幸運のお守りです。どうぞお気をつけて」


上品な相槌のあと、シグマは俺に右手中指にはめていた指輪を外し差し出した。人間よりも1.5倍ほど大きな彼の指に通っていた銀のリングは俺がつけるにはぶかぶかそうだ。受け取ったそれを眺めていると、


「行きましょう、教諭」


「あちらが済んだら合流しますね、隊長」


俺に掛けられた声とジンガへの御意の言葉。

俺の護衛に指名された二人のうち、カナンはジンガに相槌と目配せだけして俺を呼んだ。共に指名を受けたイレクトリアと言葉を交わすことはしない。


魔法学校から歩いている間も特に会話を続けることなく俺には常に厳しい目でいたが、堅く真面目な彼女とおっとりとした雰囲気の副隊長とは反りが合わないといったところだろうか。剛と柔の正反対な印象通り、ジンガに対する態度も各々だ。


「はっ。テメェらの分なんか残んねぇよ。おい、クソトンボ。チンタラやってっと俺がテメェのケツごとトドメ刺しに行くかんな?」


「ケツって……はい」


夢の話に重ねて、俺やスーの会話を何も言わずに聞いていたらしい。

言い方はこの通りだがジンガは俺達にファリーを説得することを許し、任せてくれた。


ただ、尋問の時に言っていた「殴りたくてうずうずしている」もまた本心のようで、説得にもたついたり失敗したら俺達ごと殴られそうでもある。いやこれは殴られる。下手したらスーの角の何倍も痛そうなあの腕に貫かれる。

冗談半分で付け加えたのだろうが、正直ジンガならば本当にやりかねない気もする。そうなれば俺達も彼の足下のリッチな蛇革と同じ末路だ。


「ここはあーしらに任して。カナンちゃんたちはソッチ集中して! マグちんもね!」


「よろしく頼みます。ミレイ」


ミレイの見送りを聞くより素早くカナンが俺の前を位置取り、剣の返り血をピンクの布で拭きながら歩く。


「教諭、道は私が開きます。遅れずについてきてください。雑魚は隊長達が引き付けます。貴方の後ろは副隊長が見ます。ファレルファタルムの所まで駆け抜けますよ」


そう説明する間も彼女は気を抜かず、木の間から枝を割って飛び掛かってきた蟷螂(シザー)の一体を鋭い剣さばきで両断した。

続けて向かい来る次の一体。鎌腕を身を屈めて避けるカナンに、俺も彼女にならって同じように攻撃をかわす。

振り抜いた方向によろめく敵の隙をついて、カナンは敵の首を切り落とした。


それを皮切りに湧いてくる小さな敵。蟷螂とも蜘蛛ともまた違う、人の頭大の黄色い花の花弁のみが浮いた魔物が複数、木の間から飛んできた。


血吸花(トライフェード)です。臆さず振り切って、私に続いてください!」


たったの数歩で二、三メートルの距離が開いてしまうほど彼女の歩みは堂々としていた。

戦う術を得たといっても、握る剣を彼女のようには振るえない。攻撃を(かわ)すだけで精一杯の俺は、情けなくもなったがそう考えている余裕もなかった。


アプスに目印を貰い、やっとのことで巨大昆虫と戦うことが出来るレベルの俺の歩みにはまだ迷いがある。

魔法教師といえど専門外なのか、マグと彼女らとでは絶対的に魔物を相手にしてきた場数が違うのが明らかだと体も意思についてこない。

適当に振り回しているだけでは都合良く敵を倒すことはできない。


「カナンさん! 待って……このっ!」


噛みついてくる花の化け物に前髪を掠められながら、カナンを追う方向に前のめりになりそうだった重心を取り戻し、気持ちを落ち着けて頭上に手を上げ刃を振り下ろす。

血吸花(トライフェード)と呼ばれた花の魔物はアプスの印が無くても俺一人で何とかなりそうだ。的が大きく思ったよりも動きも鈍い。ざくり。と、花弁の中心を二つに分けて切り離すと中から牙を迫り出して最期のあがきとばかりに俺の顔に食らいついて来た。


冷静に、蟷螂と同じように剣を真横に振りぬいてとどめを刺す。緑色の血は枯草の匂いがした。


(よし! 倒せた、けど……)


次第に開いていくカナンとの距離に焦ったところで、すぐには合流できない。

行き先で剣を振るう勇ましい女性騎士の背中を追う。足の長さは身長もあるマグのほうが彼女よりも長いはずなのに、いくら大股になったところで追い付けない。


「くそっ!」


前方から来る敵はカナンが先に排除し、後方から追ってくる分に関してはイレクトリアが魔法を使って応戦してくれている。

俺も歩みを止めるわけにはいかない。


「邪魔するなよ……!」


頭上から降るファリーの鳴き声が俺を呼んでいる。魔物の断末魔の間を縫って優しく気高い竜の母の声が俺には伝わって来ている。

マグだけが見届けた彼女の最後の姿を思い浮かべながらもつれる足を一歩前へ、怖気づきそうになる気持ちを抑え込んで歯を食いしばれば、剣を握る俺の手の周りを光の帯が舞っている事に気が付いた。


――――――魔法辞典(スペルリスト)が俺に応えている。


そうでなけばきっとマグの体が俺を応援でもしてくれているのだろうか。夜闇を払い除けるようにぶわりと開いた文字列の一覧。マグが俺に残した最高の魔法。羅列する呪文の一つを掴むと、手にした剣の刃の上を無数の言の葉が駆け上がってゆく。




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