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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
61/140

60 適当に暴れろ

***



森の中、木々に囲まれた場所での戦闘。彼女が炎を纏って戦うには危険な環境であった。

銀蜂隊所属の女傑、カナン・ベルベット。焔鎧(えんがい)の異名を持つ騎士。その正体は炎の素質を込められた鎧に宿りし精霊の一体。


腰の細剣を引き抜き、放つ銀の一閃。頭の後で結んだ橙混じりの金髪を揺らし駆ける彼女の肩に光る防具。それこそがカナンの宿る焔鎧の一部。


王国騎士団の新設部隊長となったジンガに呼ばれ、共に銀蜂の証を受け取り騎士になるまで、とある富豪の屋敷に飾りとして置かれ人ではなく物として生きてきた女性。


否、カナンは女性ではなく物としての扱いを受けていた。


毎晩豪華な衣装を着せ替え人形のように取り替えられ、薄い化粧を施しては食事会の席へ参列させられる。

富豪らの自慢話と下卑た笑い話、悪趣味な女性関係の話題、狡賢い儲け話にギャンブルの勝ち筋の話。他愛が無いのではなく愛の無い枯れた痴話を笑顔で交わし合いながら一夜、また一夜。夜空や星も見えぬ締め切り湿った華美な部屋の中で酒瓶を傾けて周り続けた。

何処へ行こうにも富豪の所持品(コレクション)であった鎧から離れられない美しい少女は、人々の見せ物であり、時には慰みに利用されることさえもあった。


そんな毎日を送り、重ねて数えて十年目。十七歳になった日の翌日。

心を手放し泣く力も逃げ出す気力も無かったカナンに転機が訪れたのは、酷く破天荒な存在の彼に盗み出されたその日。

いつも通りの晩餐会に出席させられ、味の感じない食前酒を口につけようとしていたところ。


「いい女がこんなとこでいつまでも燻ってんなよ。焔鎧なら激しく燃えてなんぼだろうが」


会場に不似合いなしかめっ面をして男は彼女の細腕を掴み、彼女を縛り付けていた鎧の持ち主の前に出て言い放った。


「さらってくぜ。こいつはテメェみたいな犯罪者には勿体ねェ別嬪だ」


後に付き従う事になる部隊の隊長になる人物だとは思いもしなかった。

ジンガはカナンの目の前で彼女の所持者を検挙した。その時の富豪の罪状が何であったかはもう覚えてはいない。

自由への戸惑いを抱く己の真横を、黒い制服の騎士達が過って行ったことだけをカナンは鮮明に覚えている。


そうして、同じ制服の袖に彼女が腕を通すようになった今でもはっきりと脳裏に焼き付いて離れない衝撃。


焔鎧はその名の通り、あらゆる炎を吸収し、自身で纏う事ができる武具であるがカナン自身は炎の魔法に頼らずとも戦えている。

精霊でありながら数年で騎士の心得を得、戦闘術を身に付けた彼女は、武器を握って戦うことができる。

色濃く塗った赤のリップは彼女の決意の表れ。自身のため、部隊のために強い女性になった彼女が過去を切り離すため、未来に向けての願掛けでもある。





カナンは濃桃のマントを翻し、一人で的確に森に集まった魔物を狩っていく。

人の身丈の倍程ある蜘蛛の胸を貫き緑の血が弾ける。


「くっ! 侮るな!」


そのまま彼女の方に倒れ込んでくる魔物。長い節脚の爪が最後に自身を捕らえようと迫るのを寸でのところで(かわ)す。

一旦膝を着いてしまい、カナンは草を掴んで体勢を直し魔物に向き合おうと唇を噛む。

そこへ血飛沫の上を跳び跳ねる雷撃。魔物の血とは違う緑が(まばゆ)く光る味方の援護射撃。


「うぇーいっ。カナンちゃーん! おっ待たせ~!」


「ミレイ! 隊長達も御一緒で!」


カナンに駆け寄り大袈裟に手を振る猫耳少女。

彼女が担いでいるのは鉄剣の先端に砲銃が付いた機械都市からの輸入武器。つい今蜘蛛の魔物に向かって雷撃を放った銃口が熱されている。

ミレイは銃剣と呼ばれる改造武器を軽々と振り回す。

部隊で最も若く、素早い彼女は小柄な体格を活かして魔物の懐に飛び込むのが得意だ。

瀕死の蜘蛛を顎の下から貫き、


「そーれっ! ちゅどーんっっ!」


掛け声と共に銃口を引き雷を再び発射した。


爆発音。下顎が砕かれ頭が吹き飛び複数の目玉を八方に飛び出させながら魔物の体が崩壊する。


「ヒューゥ。見てた? ねね? マグちん達見てた?」


「かぁっこいい! ミレイさん! すごい! ねっ、先生!」


「え……、う、うん……」


爆砕した死骸を蹴って得意気に鼻を鳴らすミレイに振り向かれ、キラキラと目を輝かせるスーと、降り注ぐ虫の血の雨に引き気味なマグ。


「カナンさん。他の隊員達はどうしました?」


「別動に散らしています。観測砦(こちら)側は私だけで十分かと思いまして」


紙煙草を咥え黙って辺りの様子をうかがっているジンガに代わりイレクトリアが尋ねると、カナンは彼に振り向くことはせず不機嫌そうに答えた。


「森で見たとはいえどの位置からファレルファタルムが現れるかわからないですので、固まっているわけにはいきませんでしょう。副隊長」


言い方が少々突っぱねて聞こえるのは、元々の口調。その他にも彼女が抱く個人的な感情のせいである。

隊長に救われてから数年。

カナンの恋慕は長いことジンガに向いていたし、ジンガからも一目置かれていた。

銀蜂隊員どころか王国騎士団(バテンカイトス)のどの騎士以上に信頼は厚い。


カナンが化粧を濃くしたのも剣の鍛練に励んだのも自身のためとは言うものの、根底にはジンガを想ってのことがないわけではなかった。

本来であれば隊長に一番近しい位置で従事する立場になれていただろう彼女は、ただの数年前に別の部所から派遣されてきたこの優男をジンガが副隊長に任じた事を未だに受け入れられていないのだ。


「ひゃー。そこそこいんじゃん。んっとぉ……ノルマゎ……?」


倒した蜘蛛の魔物に足を掛けながらミレイが森の奥に目を細める。

暗がりでよく見えないといったように途中で不貞腐れる彼女に、


蟷螂(シザー)の大群は一人あたり八頭。他にも大型モンスターが十数体といったところです。隊長、ご指示を」


先に一人で交戦していたカナンが補足する。

ジンガは煙草の終わりを噛み吸殻を捨てて踏みつけ火を消すと、空いた左腕を持ち上げて彼女らの視線の先を示し、


「例の(ファレルファタルム)が出るまで暴れろ! 自由に! 適当に! 騒げ! テメェら!」


制服の裏地の赤をはためかせて叫んだ。


「あっは。隊長、チョーざっくりでウケる」


「いつもの事ですけどね」


「ええ。もう十何年も前から隊長は変わりません」


ジンガの無き右腕には軽く金属を叩く音に合わせて光で構築した赤い腕が現れる。

御意の意思を発砲音に乗せるミレイが先陣を切って木々の合間を縫い走り、続けてその場で本を開くイレクトリア。また彼の台詞を肯定しつつ言い直すカナンも虫の血を肩の布で拭いとって、ミレイの揺れる尻尾に掴みかかるような勢いで先駆者を追う。

ファレルファタルムを誘き出す、夜闇に無闇な開戦の時だ。







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いつもお読み頂きありがとうございます!

お陰様で本作も連載から2周年となりました。

一気に更新したりお休みを頂いていた時期もありますので、正確には大体2年ではありますが一区切りのご挨拶です。

120件ものブックマークを頂き、多くの方に見守っていただき大変恐縮です。

ささやかですが、日頃の御礼を込めて活動報告の方にお年賀とクリスマスイラストもアップさせていただきました。


感想や評価など頂けますと大変励みになります~

どうぞ本年もよろしくお願いいたします。


3話折り返しのお話しでした!

では、また次回更新と話末でお会いしましょ!



海老飛 拝

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