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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
60/140

59 合流

「あれ? あの……フィーブルさんは? 一緒に来てないみたいですけど……」


「アイツは床掃除したら追ってくんだろ」


尋問されていた部屋の中では一緒にいた身長二メートルの彼女がいないことに気付く。あの場で唯一俺の味方だったフィーブルの姿が無い。

そういえばジンガが呪文を唱える前に「掃除をしておけ」のようなことを言っていた気がしていた。唐辛子ソースの瓶を割って床を汚したのはジンガだったと思ったが、件をフィーブルに押し付けてきたのだろうか。


「そうですねぇ。床を汚したのは隊長なんですけどね」


俺が思えばイレクトリアも同意して小さく肩をすくめる素振り。相変わらず口に出していないにも関わらず俺の感情を的確に読み取ってくる。

フィーブルがいなくなってしまった今、彼とジンガとの間に板挟みになっている状況に俺は肝が冷えそうだ。


「私の呪文、一緒に唱えた人物にしか効果がないんですよ」


彼が呪文と言っているのは森へ至る前に俺も朗読させられた物語のことだろう。

イレクトリアが持っていたのは挿絵のついた児童書のようだった。その中の一節を読むことがどうやら彼の魔法の発動条件だったらしい。俺に施された嘘発見器とやらと同じだ。


「フィーブルさん……」


「可哀想ですがフィーブルさんには別の手段でここまで来て頂くしかないようです」


申し訳なさそうに声には出して言っているが、解っていて置いてきぼりを喰らわせた当人。イレクトリアは平常通りの涼しい顔で話題を終わらせてしまった。

肝の調子を測るようなこの人の表情が苦手だ。俺は無意識に視線を外した。


「ええっと……?」


前方には岩の砦。高さは二階建アパート程度だろうか。

そこまで大型の建造物ではないが、港街に坂を挟んで並んでいた民家と比べれば非常に見晴らしのよい高さだろう。

砦を境にした向こう側には囲むように四面、一帯が緑の大森林。


ファレルの街へ繋がる舗装された道は俺の踵の裏側で途切れており、既に目の前には青々とした森だけが広がっている。

見えている景色に人気は感じられない。寒くなるほどの植物の緑色か、その向こうの上の暗くて青い夜闇だけが俺の目には映っていた。


周囲の様子について何かを話しているジンガとイレクトリアから離れて一歩、森の中へ。

踏み込み辺りの景色を見回す俺の正面ど真ん中へ衝撃と温もりのダブルパンチ。脇腹をくすぐる手と鼻先を透かした長い髪。数時間前まで感じていたこの感触は。


「スー!」


「っ先生! せーんせぇーっ!」


角避け選手権優勝候補にもなってくると、追突する役の角の方から避けるようになってくるのだな。

勢いよく林を飛び出し抱き付いて来たのは猪ではなくて、この世界で最初に出会った竜の子。


「スー……お前また、どうして学校を抜け出してきたりなんかしたんだ」


「だって、だって! 今晩もさ、一緒に寝てくれる約束したじゃない? なのに先生ってば消灯時間になっても帰ってきてくれないから……」


ぎゅっと俺の服を掴んで見上げるスー。猪の牙よりも立派な角を持った少女の大歓迎に圧倒された。


輝石竜(ミルウォーツ)……なるほどな。昨日連れてたそのガキだったのか……」


俺とスーの再会を見てジンガが呟く。だが、それ以上追求してくることは無かった。


「……ねぇ、先生? 何かひどいことされてたりはしない?」


スーは鼻が良いようだ。勘も鋭くて気配り上手なところと合わせて評価をしてやりたいと思う。

俺に対するジンガの目付きが厳しいことに気付いた彼女は、服を引っ張る手を俺の腕に絡ませて意地悪そうな年配者から少し遠ざけようとする。


「ああ、されたよ。もう少しで鼻がとれそうだったな……」


「えー!? され、たの?!」


嘘発見器の効果がまだ続いている。嘘がつけない俺がはっきりきっぱりと答えると、スーは怯えた目でジンガ達を見やった。


(もっと言えば今もされている状態なんだけどね……)


嘘が言えない魔法にかかっている。ゲームのステータスで表せるならばどんな状態以上のアイコンが今の俺の頭上にくっついていただろう。

ぽんぽん。と、スーの頭を軽く撫でてなだめる。


俺達の側にいたジンガも少し離れた所で本の破った箇所を確認していたイレクトリアも、一目ずつ彼女を見て存在を確認したものの、俺らの会話には何も言わずもう次に合流した人物に注意を向けていた。


「ちょりーっす。早かったっすね隊長、副隊長。おつつでーす」


彼女は俺も見知った相手。小麦色肌の猫耳、ミレイがスーに続いて茂みから出てくる。


「言ったとーりっしょ? この子がファレルファタルムの子供。マグっち追い掛けてこっちの彼氏と魔法学校(ガッコ)から飛び出してきたらしーよ」


「ぼ、僕は別に彼氏じゃ……」


ミレイに連れ立ってアプスも現れる。

経緯を簡単に説明して示すミレイの横で彼女の台詞に何故か頬を明るくしながら来れば、


「あのね、あっくんは付き添い。ボクが呼んだの。だから先生、あっくんのことは叱らないで」


「お前なぁ。そういう問題じゃないだろう?」


慌てて取り繕おうと俺の服を引っ張りながら割り込むスー。

付き添いとは言っても理由にはならない。

スーもアプスも、消灯時間後ビアフランカの目を盗んで学校の自室を抜け出してきたことに変わりはないのだから。

危険をおかして俺を追ってきた。ミレイ達に補導された所を見ていないが、それはそれ。


「だめ。帰ったらビアフランカ先生に謝るんだ。俺も一緒にいてやるから」


呆れる俺にすがるような目をされても、俺は律してスーに厳しく言った。

そしてもう一人、見覚えのある人相……ではなく獣相というべきなのだろうか。

長い毛に覆われた犬頭がミレイの横で相槌を打つ。


「んで、ね? 隊長。シグマ先輩が見たファレルファタルムちんとストちん、よぉく似てるんしょ? ってハナシ」


「シグマさん……?」


「先日ぶりです。教諭」


異世界で最初に言葉を交わした相手がスーならば、二番目に会話をしたのは彼で間違いない。そういうカウントを意識してとってはいなかったのだが。

スーツの犬頭、シグマは俺に目配せをした。

海辺のレストランで出会った時と同じように彼は冷静で、動揺する俺に軽く会釈をしてジンガに向かって腰を折ってお辞儀をする。


「アンバーマーク殿」


「ミレイとガキ達が世話になった。悪いなシグマ。アンタも店があんだろ」


「いいえ。件の解決までは私も御一緒させてください」


目付きだけでいえばシグマもジンガも尖ったつり目で眼力が強く似ている。

威圧感のある二人に挟まれていられる余裕がない。俺はそそくさとスーの手を握り、ミレイに耳打ちをした。


「シグマ先輩って?」


「あー。シグマ先輩はミレイちゃんの騎士学校(ガッコ)の先輩。隊長んトコにあーしを推薦してくれたのも先輩なんだよね」


彼女の耳は上にあるのに誤って顔の横で話してしまったが、ミレイのほうが三角耳を下げて合わせてくれた。








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