05 蘇ったと教えられて
「ボク達を守るためにマグ先生は魔王と刺し違えて亡くなったって。すごく強い魔法を使って消えてしまったんだって、ビアフランカ先生が言ってた……」
かつてこの世界・ミレニアローグは闇を操る魔王が侵攻し災厄によって支配されようとしていた。
その禍を撃ち破り、平和を取り戻すために貢献したのが、魔法学校で子供たちを教えていた教師の一人・マグ。
彼は強い力を持ちながらも正義感に溢れた皆の憧れで、争いを好まない優しい人だった。
そんな中、世界を救うためにマグを頼ってきた旧友の騎士たちや、戦いの道具を作る昔の教え子と共に悪に立ち向かう日がやってきて、彼は大切な物を守るために自らを犠牲に魔王を倒したのだ。
スーが語った話を要約すると、そういうことだった。
まるでおとぎ話かはたまたゲームの世界か。
俺が思っていたよりもずっとこの世界はファンタジーとして確立していて、妙にリアルでいた。
俺がそのマグとして転生したのなら、使命があるとすれば魔王を再び倒すこと。
それを課せられているのかと思えばそうではない。
世界は既に平和を取り戻した後で、ならば俺が来た理由は一体何なんだろう。
(……だめだ。やっぱり出てこない)
「そうだったのか」
「うん。だからね、先生と会ったときすごくびっくりしたし嬉しくって……」
スーの緊迫した表情が和らいでいく。
「先生が何も覚えてなくても、ボクらは先生のこと待ってたんだ。帰ってきてくれてありがとう」
真っ直ぐに俺を見つめる彼女の大きな目が潤んでいた。
そんな顔で見られていては、今さら自分はマグではないとは言い出せない。
彼女の気持ちを考えれば胸が痛み、言葉が喉で引っ掛かる。
大体、俺は自分自身が何者かわからずにいて、確かにマグではないけれど、それを言ったところで自分が誰か説明も立証も出来ないのだから。
だったら、目の前の幼気な少女のために、彼女の教師を演じることが一番良いことなのではないか。
他には何のあてもないし、無理をして本当の自分を探すよりもよほど簡単なはずだ。
「今までごめんな」
「やだなぁ。先生、さっきから謝ってばっかりだね」
自分は暫くの間マグでいよう。それでいい。
思いを新たにそう決めてスーの笑顔に胸を撫で下ろした。
蟠っていた何かが、出さなかった言葉と一緒に胃のなかに落ちた。
そうと決まればこんな気持ち、さっさと甘いものに溶かしてしまえ。
皿の上に残ったクリームの塊をフォークですくって呑み込んだ。
「ふふ、いい食べっぷり。おかわり頼む?」
「いいや。もういっぱいだよ」
「そっか」
まだ湯気のたっているコーヒーにミルクをたんと入れて、鼻で香りを楽しむ。
よし、大丈夫だ。鼻も普通の人と同じ嗅覚だ。
今はまだマグの体の少ししか理解できていないが、いずれは魔法を使いこなし、スー達のたよれる教師となって。
そうだな、最初は窮屈だと思っていたが俺もこの体にもだいぶ慣れてきた。そんなことを言ってみたい。
なんて思いながら、俺は港街を見下ろしてスーに言う。
「そろそろ店出ようか。俺もはやく学校のみんなに会いたいし」
「うん! 先生がその気になってくれて嬉しい! みんなきっと喜ぶよ」
耳に心地よいスーの元気な返事がテーブルから跳ね返ってきて、マグは満足そうに席を立った。




