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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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58 赤い靴

***



「そっ、それはそのぅ……つまり、先生さんは何も覚えていらっしゃらなくてぇ……でも、ファレルファタルムのことは夢の中で思い出して……って、ことですよね……?」


フィーブルが俺の身を案じながら質疑応答に参加してくれたことで、俺は夢で見たことを途中で遮られることなく最後まで話せていた。

語気が弱くなるのは彼女の個性だとしても今のフィーブルは頼もしい俺の味方だった。男二人と俺の間に堂々と立って俺を守り、真摯に発言するための空気を整えてくれた。


大きな背中を見上げて俺は話を続けた。


ファリーのこと以外にも、自身が昨日より前にあったことを思い出せないでいることも。

自分自身と自覚出来る以外の情報一切を失っていることも。

気が付いたら入った覚えのないレストランにいて、多額の請求に驚いたことも。

つい昨日魔法学校で生徒達と再会したけれど、俺はマグとして迎え入れられたはずなのに、どの子を見るのも初めてのようだったことも。


この世界のことや魔法の成り立ちをビアフランカから学び直したことも、俺の武器が俺自身に刻まれた魔法辞典(スペルリスト)ひとつだということも。

路地裏で放った光の魔法を間近で見ていたフィーブルには、その魔法辞典(スペルリスト)の発動が無意識であったことも。


「閉じ込められていたファリーは俺と良好な関係だった。ファリーは理由も無く人間達に危害を与えるような竜じゃなかった。彼女に何か起きてるなら……俺がその事情を彼女から直接聞きます」


「記憶の吹っ飛んでるテメェの話を信じろってか……? 夢は寝て見てろっつってんだろ……」


「た、隊長。これまでの会話中、先生さんは一つも嘘を吐いていません。夢で、とか不確かかもしれないですけど……作り話はしていないです……だからっ」


その通りだ。俺はさっきから何一つ嘘など話してはいない。

その証拠に先程呪文を唱えられていた時に悶絶していたことが嘘だったかのように……いや、今は嘘という言葉を使って例えるのはやめておいたほうがいいかもしれない。何がトリガーになるかはわからない。


常にひやひやはしているが、真実さえ話して頷いている限り俺の鼻はイレクトリアの魔法に全く反応しない。


「はァ? そいつが小細工してるか、イレクトリアの魔法がイカれてやがんじゃ……」


「残念ですが嘘発見器は付与されています。無効化も反射もされていませんよ。教諭には意識して解除魔法(ディスペル)を使うことも出来ない……全て本当のことなのでしょう」


未だに疑いをかけたまま、不精髭の顎で俺を指すジンガはイライラしている。

彼の言葉にイレクトリアは俺を見て残念そうに頭を振り、


「私のせいにされると傷付きます。隊長」


「そ、そうですよ隊長! 副隊長のことも疑うんですか……?」


イレクトリアの付け加えた言葉に、隊長らしくないとフィーブルも便乗すると、ジンガは気まずそうな顔をして横を向いた。彼も俺の話を聞いて僅かに動揺しはじめているのではないか。と思う。

だが、まだまだ納得はいかないといった様子のジンガ。今の部下達の一言で自分のペースが乱れていることには気付いているのだろう、


「……るせぇ。別に疑ってなんかねぇよ。ガキほったらかすクズが大っ嫌いなんだよ。俺は」


顔と一緒に論点を背けた彼の呟きはきちんと俺の耳にも聞こえてきた。ジンガははなっから俺の事を信用していない。それは解っている。だからこの態度を貫いているし、俺も彼に脅されてすくむことも無くなってきた。

路地裏で助けてくれた時からそうだったように、俺への当たりが冷たいのはそれが理由でもあるのだ。


信頼しているイレクトリアにまで八つ当たりをするかのように言うほど、彼は俺がスーやアプスを守れなかった事を根に持っている。何か深い訳でもあるのだろうか。


そうジンガを分析する余裕が出てきた時、


ビシャーンッッ!


と、いう文字通りの青天の霹靂。

急に部屋の天井に雷のようなものが落ちた。


「うわっ!」


「ひいぃーっ!」


屈んで頭を守るフィーブルと俺の前を横切る緑の雷光。

落ちてきた雷の正体は魔法でできた何か素早いもの。

それはまるで銃の弾丸のように刹那の直線を描くと、続いて小さく途切れ途切れに発光し窓を反射する。

窓から壁へ伝い、残像を残しながらくねくねと駆け回る雷光はネズミ花火のように部屋の壁を巡る。


誰かを傷付けることも壁を焼き焦がすこともないが、鬱陶しいそれが俺達の前に飛び込んできた瞬間。

バシンッ。と、光と俺の間に投げ込まれた本にぶつかり床の上で潰されて動き止めた。


「え……」


「ミレイさんからですね。彼女には真っ直ぐ飛ばすように何度かお願いしたのですが……」


床に転がった分厚い本が、持ち主のイレクトリアに拾われる。

魔法の発動に使用していた物を投げるばかりか、そんな虫を叩き潰すかのように扱っていいものなのだろうか。

俺の前でイレクトリアが呆れたように言いながら光を捕まえた本を広げ、そのうちの一ページを破って抜き取る。


指で挟んだ一枚のページに駆け回っていたものと同じ緑色の雷光が灯り、ページの中に書かれていた文章が違うものに書き換えられるのを見た。

記述を変える魔法なのだろうか。何処からか飛ばされてきたその魔法をイレクトリアが本の中で受け取り、


「……で?」


「南砦までなるはやちょっぱやでョロ。マグっちも一緒に。ファレルファタルムちゃんの子供、補導しゃあした。すぐきて。……だそうです」


背けた顔のまま声だけで相打ちを打つジンガに、イレクトリアはミレイが書いて寄越したのであろう伝令らしき文を特徴的な猫耳少女の口調のままで読んだ。

彼が真似た奇妙な言葉遣いは確かにこの部屋の扉を開くまで一緒にいたミレイのもの。雷光の緑色は、思い出せば彼女が腰に巻き付けていた布や染めていた髪の内側の色を連想するような色だった。


「例の竜のガキだぁ? テメェ……俺らに嘘ついてやがったな……」


伝令の内容に、和らいできていたジンガの眉根が寄せられる。


「は、はい……」


ここで否定をしたらまた鼻が潰されて話がまた振り出しに戻る。激痛もまたやって来ることになる。

俺は学校でスーが死んだとカナンに告げたことを正直に答えた。バレてしまった以上はやむを得ない。嘘をついたのは嘘発見器をかけられる前なのでノーカウントだが、ここで嘘をついたことを認めなければそれが嘘としてカウントされてしまう。


「フィー、片付けやっとけ」


俺の態度に、チッ。と、ジンガは支部に来てから何度目にもなる、面白くなさそうな舌打ちをした。

自分で割ってぶち撒けた香辛料の水溜まりを蹴り一度フィーブルに目配せをしてから、


「……『ああ、なんて罰当たりな。しかし、彼女は亡き夫妻の典礼へ履いていったあの真っ赤なエナメル靴で舞踏会へ』」


赤い水滴を踏みつけながら発言台を降りる。

苛立って尖っていた彼の口調ががらりと変わり、冷静に語るような台詞が始まった。


「えっ? ジンガさん……?」


「教諭。どうぞ隊長に合わせて続けてください」


物語を読むように話し出し、香辛料の水滴で足跡を残しながら俺を横切って出口へと向かうジンガ。それを目で追っていると、本のページを探しながらイレクトリアが俺に歩み寄ってきた。


「つ、続けるって?」


「こちらです」


イレクトリアが指し示すページを見、俺はそこに書いてある文章を目で辿った。何かのおとぎ話のようだ。モノクロの挿し絵がついた絵本。

俺は横書きの童話の一部分を読み上げていく。


「あ……『ああ、なんて不幸なのだろう。靴は躍り狂い止まらない。彼女の両の足首を斧で切り離しても』……?」


「『血塗れの靴は一人ステップを踏み続ける』」


俺の朗読の後に一呼吸置き、そのままイレクトリアに手を掴まれる。あれよという間にも俺を引き寄せて持ち上げ、抱き抱えられた。


「えっ! ちょっと、待っ」


「そうです。よく出来ましたね」



彼の微笑みの背後にある背景が紙芝居のようにスライドして入れ替わった。


彼が一歩、扉へ向かえば会議室の中から一瞬で玄関へ。また一歩、次は瞬きをするうちに中庭へ。

その次の一秒後には中庭の噴水を過り、また一秒後には広い門の外側へ出ていた。

闇に影を落とす一歩で街の石畳。過ぎて一歩は街灯が照らす道。

また一つステップを踏めば閉店したブティックの看板を背中に見て、息つく間も無く海がすぐ近くに見える砂浜。十歩も歩いていないはずなのにそれももう通りすぎていた。

どれもこれも切り取られた背景が入れ替わりを続ける。俺が元来た道を一秒ごとに遡るタイムマシンのようだ。


見とれているうちに今はどこの地面を踏んだだろう。彼の軽やかな足音がブーツの先で草葉をかさりと鳴らす。

気付けば俺達は木々が生い茂る森の入り口にいて。石壁を組んだ砦を見上げて俺達は立っていた。


「い、今のは……!?」


「私の移動の呪文です。血を吸う赤い靴に取り憑かれた少女のお話は……ご存じありませんか?」


俺は目の前で体を運ばれながら瞬間移動の類いを見せられていたのだろうか。或いは高速で時間の中を移動していたのだろうか。

シャッターを切るような感覚だった。瞬時に景色が入れ替わるのを目蓋の裏に焼き付けられたままで動揺が止まらない。

数秒のうちに森までやって来てしまった仕組みが解らず驚くと、答えながらイレクトリアは首をかしげて俺を下ろした。


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