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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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57 テーオバルト

スーがシグマ、ミレイの二人と話した結論は半ば強行ではあるがミレイによって導き出されていた。

森へ向かえば全てがわかる。

ファレルファタルムの目的も、彼女の身に何が起きているのかも。スーとの関係も。


「座標の設定ってこんなカンジでいんだっけ? ま、副隊長が適当に拾ってくれるっしょ……」


ミレイは腰に巻き付けていた緑色の布の中、自分の腰後ろ側に手を入れる。

そこから黒鉄の筒を取り出すと独り言を言いながら組み立てていき、ナイフのついた小型の砲術器を作り上げると銃口の部分に軽く口づけた。


「そーれっ。ばきゅーんっ」


猫耳をおかっぱ頭にぴったり伏せる。人間でいうところの耳を塞ぐしぐさをしたあと、砲術器を上空に向けて放つ。

夜空に打ち出された弾は風の魔法を纏い、緑色の光を花火のように散らして消える。機械都市から仕入れた彼女の武器には煙をたてない特殊な狼煙を打ち上げる機能があった。


消えた光は一瞬煌めいてまた現れ、伝令の役目を果たすためファレル本部へと向かって飛び立つのだ。

緑光を見送って夜空を眺めていると、


「ミレイさん。次はその方を……」


「んにゃ? ああ、そだ。へいへーい」


ミレイと共にやってきた治癒団リントの青年から声を掛けられ振り返る。

治癒団の竜人は今さっき話し合いが起きている間にアプスの怪我の処置をしていたが、それを終えて次の怪我人をとミレイの下敷きになっている巨漢を見て眼鏡を押し上げた。


「すごい……あっくんの傷消えてなくなっちゃった。ありがとう。治癒団リントのお兄さん」


「テーオバルト・H・リントヴルムです」


足を退けたミレイの側へ来、気を失っているガルラを診始めた竜人とすれ違い、スーがアプスの手を見て感謝を述べると竜人は小さく会釈をして名乗った。


「テーオバルトさんの魔法すごいね! どうやったのかなこれ……?」


「はぁ。学校でビアフランカ先生に習ったろ。……でも、回復(リペア)の魔法が使えるのは十字蛇竜治癒団(リントヴルム)創立者の血縁者だけだって……」


刃こぼれしたナイフを刺され血を流していたはずのアプスの手はテーオバルトの魔法によって既に完治させられていた。

傷跡どころか切れた様子も血の流れた痕跡の一つすらもない綺麗なアプスの手を掴みスーが興奮気味に裏表させて見ていると、呆れたように溜息をついてアプスが言う。


解説じみた言葉に「ご名答」とばかりにテーオバルトの眼鏡のレンズが光った。


「ええ。私は十字蛇竜治癒団(リントヴルム)の創立者、キュリオフェルの息子です。癒しの術は師であり母である彼女から直接受け継いだものです」


ガルラの額に付着した汚れを手で払い、はきはきとした口調で自己紹介を続けるテーオバルト。

スーと同じように顔横に生えた角を触ってから指先に静かな光を灯す。それはアプスにも扱える明かり代わりに小さな光の精霊を引き寄せる魔法と似ていたが、テーオバルト自身の指先から発せられていることで性質の違う魔法なのだということがすぐに解った。


小さな切り傷を一撫でで消し去り、大男の曲がった背骨を矯正する。手指が傷の上をなぞる度に光は波打ち、治療する箇所を示しているようだ。

二人がテーオバルトの魔法に見惚れていると、ガルラの治癒も完了したらしい。


「あとは自然に起きるのを待って……」


「テーさんありがと。ホントはこんな勝手なヤツ介抱しなくても~……と、いいたいトコだケド……」


「貴方がたがどうであれ我々はそういうわけにはいきませんよ」


怪我人であれば地位、貧富、老若男女も善悪でさえも関係なし。創立者の思想に従い何者だろうと癒しの手を差し伸べる。と、納得のいかなそうなミレイに苦笑しガルラを肩に担ぎながらテーオバルトが答える。


「……! テーオバルトさん、力持ちなんですね」


「こう見えて私、着痩せするタイプなんです」


大男の肢体を軽々と持ち上げる彼を見て驚くスー。

白衣に身を包み眼鏡を掛け、治癒の魔法を専門に扱うテーオバルトの外見からは想像できない腕力に感動する。まるで空っぽの酒樽を担いでいるようだ、と。


彼女の反応に気を良くしたのか、表情は真剣なままだがテーオバルトは空いている方の手でかちりと眼鏡を直し、シャツのボタンを上から四つ外して見せた。

彼の自慢の大胸筋が露わになる。


「わぁ……!」


(う、うわぁ……)


純粋なスーは彼の勇ましい胸板に目を輝かせていたが、どう見ても顔と体がちぐはぐな様子に正直アプスはひいた。心の声がスーの感嘆に重なる。

それと同時にスーの方はあることに気付き、男らしい筋肉の段差を見つめていた視線を自分の胸へと移動させ、何もついていない平らな体に触れて俯いた。


「ね、ねぇ。怪我や病気のことじゃないんだけど……きいてもいい?」


「なんでしょうか?」


「あのね、テーオバルトさんにはキュリオフェルさん以外に家族はいる?」


スーの質問に対してテーオバルトは一瞬きょとんとしたが、彼女の真剣な表情から言いたいことを察したのだろう。アプスの治癒に専念していたとはいえ、近くでファレルファタルムについて話していたことはテーオバルトも聞いていた。

この世界に生きる竜達は雌雄を選び成熟する。医療の現場で連携を取るためより身近に男女の関係を知り、自身もまた成人した竜として雄の体を選んで鍛えた身である。


身体的にも精神的にも発育途中で、小さく中性的な同種族を見つめ返しテーオバルトは頷いた。


「家にイーリスさんという有翼人の妻と、彼女との間に授かった二人の子供がいます。ちょうど貴女やアプシスフィアさんと同じくらいの年代です。暫く帰れてはいませんが、皆私の大切な家族です」


「テーオバルトさんはその……奥さんと家族になるために雄になろうと思ったの?」


「……はい。そうです」


すっかりお決まりの動作といったところか、眼鏡を指で押し上げながらスーの投げ掛けに答えを返していくテーオバルト。

スーは彼からの返事を受け止め、「そう……」と心の中で反芻して噛み締める。

そうして、味がなくなる程に噛み続けて砕いた返事の破片を拭って自分の心にまぜこぜにする。


将来への不安と今の純粋な気持ちが空回ってしまう。自分から話題を振ったが少し恥ずかしさも沸き上がってきて、


「ボク、女の子になって恩人の先生と結婚しようと思ってるの。でも、あっくんや学校のみんなのことも大好きでずっとこのままでいたいとも思ってて……」


色々な考えをきちんとした言葉に纏めることも出来ずそのまま口にした。

そんなスーとの会話をテーオバルトは嫌がるでもなく、そっと微笑んで尋ね返す。


「迷っていらっしゃるのですね? ストランジェットさん」


「……正直、ボクはどっちになるべきか自分で決められそうにないんだ。今度は、今までいることも知らなかったお母さんに会うことになって……それで……」


「焦ることは無いと思いますが……貴女の大切な、恩人のその方は何とおっしゃったのですか? もう貴女のその気持ちは伝えたのですか?」


「うん……」


同じ形の角や尻尾を持つテーオバルトは、初対面ではあるがスーは少し自分に境遇が似ているような気がした。

育ての親で先生(師匠)である人と暮らして家庭を持った。性別を自分で選ぶことが出来た立派な竜。憧れのままに何でも話せてしまうのではないか。特にいま、想い人が近くにいないこの時だからこそ。


「おふたかたお取り込みちゅー? ちょっち良い? そろそろ出発しよーと思うんだケド」


と、俯いたスーの肩をトンと軽く叩き、ミレイが話の腰を折った。


「えっ。う、うん……」


「ええ」


二人同時に頷いて、ミレイが指す先で早く来いと顎で示すアプスと片手を上げて呼ぶシグマの方を向く。



「また相談してもいい? 今の話の続き」


「勿論ですよ」


歩き出す夜の街路。街灯の明かりに伸びる影を追って、大小の翼がついた二人の影が約束を交わしながら行く手に合流した。





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