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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
56/140

55 疾風の助っ人

***



二階フロアの海側の壁に空けられた大穴は優秀な従業員達がなんとか突貫で塞いでくれた。

店長は臨時休業を言い渡し、明日から工事が済むまで店を閉店する為の手配をした後、怯える妻を自宅へ帰しに街へ。

どうしてこんなことになっているのか。

二年前に構えたばかりの店の惨事に自慢の尾を萎えさせながら、考えることが多いシグマは溜め息の一つすらもつけずにいた。


彼の高級レストランでの事件は夕方前に起きた。

客の中にいた一際目立つ一人の美女。彼女が珍しい輝石竜(ミルウォーツ)であり支払いを宝石でとシグマに交渉していたところ、具合が悪そうだったためスタッフの一人をつけて介抱をさせていた矢先のこと。


胸を押さえて苦しみだした美女は突然、姿を竜へと変化させテーブルを弾き倒し、側にいたスタッフの制止を振り切って壁を突き破り飛び去ってしまった。


幸い、付いていたスタッフ一人だけが足や腕を挫いた程度で済み、お客様方にも他の従業員らにも怪我はなかったが、そのまま営業を続けるわけにはいかず。

爪痕の残った二階席の床や壁、特に人が両手を広げても届かないような大穴という被害状況を冷静に見据えながら、シグマは客席の混乱を鎮めている従業員たちに避難の指示を出した。


人々の笑顔と団欒、高級店での舌鼓の時間をその出来事によって一瞬で奪われた、不安そうなお客様方の表情を思い出すだけで頭が痛くなりそうだ。

そうしてまた店の様子を見に戻る途中の過程、人気の無い夜の街の石畳にコツコツと革靴の底を軽く鳴らしていたところ、白いふわりとしたものがシグマの視界にちらついた。


長い銀の髪と見覚えのある横顔は、店への加害者の輝石竜(ミルウォーツ)の美女に会ったときより思い浮かべていた人貌によく似ている。散々連想していた、少女ではないか。


「し、シグマさん! どうしてここへ?!」


「たまたま通りすがっただけですよ、ストランジェット。それよりも貴方達、どういうことですか? 大人が寄ってたかってこれは……?」


鎧を付けた大人に羽交い締めにされているスーと、すぐ近くで血を流す片手を庇っているアプスを発見したシグマは鋭い目付きで悪人達を睨み付ける。


「私は一料理人。私の魔法は皆様をおもてなしするために使うべき……なのですが」


「あのねぇ、あんた。見ての通り取り込み中だよぉ。料理人が何の用事かなぁ。こっちは国王直属の騎士なぁんだけどっ!」


シグマの視線に気付き声を聞けば、部下にスーを投げ付けるように渡したガルラが先に戦闘体勢をとった。

間髪入れずに握り込んだ岩型の拳を突き上げて殴りかかれば、嚇しの先手。犬頭の鼻先を掠めて太い指が空を切る。


「シグマさん……!」


「私は平気です。貴方は自分の怪我とストランジェットに集中なさってください」


アプスの叫びに返答しながら殴りかかられた鼻を鳴らし、シグマは手指を自分の胸に当てる。

彼が操る風の魔法はフライパンを振るっている際の火力を急激に上げたいときに、または絶妙な温度調節のためにと、全て料理のために使っていたものだった。


婚約指輪の隣、右手の中指に輝くエメラルドが強く光る。


「金の部隊章……金鷹(ギース)隊も世代が替わって落ちぶれたとは聞いていましたが、子供に手をあげるほどとは!」


「ちっ! 俺らはぁ、ギースなんて関係ないんだよねぇ。形だけの部隊長なんて、さぁ!」


 ガルラに向けて放つ緑の衝撃波。風を伴い、足元から吹き付け石畳を駆け走る力がシグマに募る。

 再び殴り掛かる一発を身を翻し避け、鳩尾を狙って技を繰り出す。

茶色い長毛の犬頭の前方、夜闇に光る黄色い目玉は狼のごとく猛り、怒りが点っていた。

 身のこなしに合わせ、燕尾服の後ろに伸びた長い毛束の尻尾がさらりと揺れる。


「外道には特別コースを御提供致しましょう。歯ァ食いしばって御堪能くださいませ。畜生ども!」


普段通り振る舞いは冷静だが声色には脅がある。

叫び、スーツに包まれた長い脚を振り上げ嚇しを跳ね返し仕掛けるシグマ。

磨きあげられた自慢の革靴は彼の扱う風を集めた魔法によって既に細かい傷だらけになっていた。

小さな突風が脚の一振によって放ち出され、


「ぐあっ!」


ガルラの拳を巨体ごと吹き飛ばす。

石畳を削りながら筋肉の塊が地を転げ止まったところで、上げていた脚を下ろし服の裾と手をはたいて、シグマはいつもの表情に戻った。


「まったく……連れては行かせませんよ。私も彼女に用があるんです。さぁ」


「わ、わかった! いらねえよこんなガキ!」


蹴りのめされたガルラを横に見ながら、金鷹の誘拐犯はスーを手放し、スーはすぐに逃げてアプスのところへ走った。


「あっくん、大丈夫?」


「なんとか……」


「シグマさん、あっくんたくさん血が出てて……」


手の傷を庇うアプスを見、彼を怪我させた大男を見て、シグマの一撃に自慢の胸板を砕かれて突っ伏しているガルラの横で狼狽えている誘拐犯の部下を睨む。

輝石竜(ミルウォーツ)を王に貢献すると言って上司まで呼んで来たはずが、思わぬ邪魔立て。彼は上司を置いたまま一目散に逃げ出した。


二度目の誘拐未遂にここで捕まえて問いただしたいこともあったのだが、今はアプスの傷の具合の方が心配だ。と、スーはシグマを頼り見上げる。


「ええ。この辺りで夜間の診療所は……」


「心配ごムヨーなっしんぐ。ちょいちょい、そっちのキミ。こっちに十字蛇竜治癒団(リント)のお兄さんいるから来て看てもらいなって」


静まった街を振り向く彼らに声を掛けたのは褐色肌の猫耳尻尾少女。銀蜂隊のミレイだった。

隣には緑の長い髪を束ねスーと同じ竜の角を顔の横に生やした白衣姿の青年がいる。

彼に顎で示して怪我を看るよう伝えれば青年はすぐにスーとアプスの側に駆け寄って来てくれた。


ジンガ達の尋問が始まろうとしていた頃から今まで。マグを送り届けて別行動になったミレイ達。

一緒にいたカナンが先に森側に向かい、ミレイは十字蛇竜治癒団(リントヴルム)の数名と共に街の様子見をしながら現地で落ち合う約束をして別行動となった。


森でのファレルファタルムの被害が噂となり、勧告となりで周知されてから早めの店仕舞いと外出自粛が促され、もともと夜間は祭り日でもない限り静かな港街ではあるが、それでも大通りから外れた酒場や料理店等には人が出入りする。


カナンのように厳しく取り締まるのは得意ではないとしても、ミレイはミレイなりにそういった人々を注意する程度の仕事を、支部から連れだった治癒団(リント)の青年としていた途中であった。

そこで偶然は重なり、


「ってかてか、ホントにシグマ先輩ぢゃん!」


「ミレイ? 貴女でしたか」


「チョーひさびさ。ってか先輩髪切った? あ? 髪ぢゃなくてこの辺ゎヒゲだったりする? どこもふさふっさのぼーぼーモフモフだからゎかんなぃし」


少年少女を保護する小綺麗な格好の犬獣人を見掛け声をかけた。

すっかり伸びてしまっている何処かで見たようなそうでもない別部隊の巨漢に小尻を乗せてぴょこんと座ると、ミレイは大型犬に飛び付いて可愛がるようにわしわしとシグマの首回りを撫で回して笑った。






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