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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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54 迷子の二人と再びの

 今回の冒険はスーにもアプスにとっても初めてだった。

 昨日の昼間ビアフランカと共に日用品の買い出しに出たように、用事があって保護者同伴で出回ることは何度もあったのだが、子供たちだけで、それも夜の街を歩くということは二人どちらも経験したことがない。


 夜に静まった街を物珍しそうに見渡し用心しながら進むアプスと、対照的に鼻歌混じりに彼よりも数歩先を歩く対スー。

 二人はそれぞれの度合いで、ビアフランカに無断で、相部屋のジェイスやセージュにも内緒にして夜間の外出をしたことに後ろめたさを感じてはいたものの、学校の敷地を出て街に来てからはそれも頭の隅に追いやってしまっていた。


 昼間の賑わいは無く、しんと静まり返った道に黄色い明かりを灯した街灯が一定間隔で規則正しくたっている。

 アプスは遠い海の方から街へと流れ込んでくる潮風を吸い、昼間に見た青い波間を思い出していた。

 寄せて返す波を見送りながらマグと歩いた砂浜や、自分たちの元を離れて勝手にいなくなったスーを迎えに行ったレストラン。


 それらのある海辺の方からこの磯臭くて冷たい風は吹いているのだと、目を細めて耳を澄ませていた。


(……そういえば。僕やビアフランカ先生と離れてからストランジェットは何処でマグ先生を見付けたんだろう? マグ先生はシグマさんのレストランにいたのか……? でも、亡くなった筈の彼がどうして……? まだ聞いてない……)


 思考に耽っていたアプスの前にいたと思っていたスーが気付けば真横で歩調を合わせており、彼の肩に触る。トントンと指先でつついて、


「ねぇねぇ、あっくんー?」


「なんだよ」


「先生が連れていかれた騎士団の支部ってどれ? これで見るといくつかあるみたいなんだけど……」


 観光名所のイラスト付きマップを最大限に広げ、隅々まで視線を行き渡らせていたスーが首を傾げる。

 尋ねられたアプスも地図に顔を近付け、彼女が言う通り数ヵ所に点在しているように記された、王国騎士団ファレル支部の位置に目をやった。


 上の方に左右一ヶ所ずつと、中央に一ヶ所、下方の王都へ繋がる大橋に近い場所にも一ヶ所。彼らはファレルの港街で騎士団が駐屯する場所が合計で四ヶ所もあるなど知らなかった。

 もしかすると、過去に授業でマグかビアフランカから習ったかもしれないが、今の彼らにそれを思い出すほどの気持ちの余裕は無かったようで、


「これは……僕にもわからない」


「えー!」


 素直なアプスの言葉に不満な声を出して観光マップを破かんばかりに引っ張るスー。

 彼女はアプスのことを頼りきっていた。少し臍は曲がっているが自分よりも博識で、地図を読む力もあって、当然向かうべき場所のことも理解していると思っていたのだ。


「一つずつ回るしかなさそうだな」


「そんなことしてたら日が暮れちゃうよ。ボク、今晩も先生と一緒に寝る約束してるのに……」


 そんなスーの期待を裏切ったアプスが彼女が手にしている地図を指しながら言い、スーも不満を込めた声で呟く。

対して、


「は? は? 一緒に……? 寝る……だって? や、やっぱり君は……」


 一体どんな事を考えていたのか。彼の顔を覗き見ようとするスーを手で払って先を急ぐように歩き出す。


「そう。なんかおかしい? あっくん顔赤くない?」


「赤くない。何でもないよ。っていうか、もう日はとっくに暮れてるだろ……」


「えへへ。そうだったね。それじゃあ最初にこっちの時計塔に近いおっきいところから見に……あいてっ!」


再び地図に目線を落としながらアプスについて歩き始めたスーの腕を横から割り入って乱暴に掴まえる男。


「す、ストランジェット……!」


 見覚えがある、不貞腐れた風貌の軽鎧の騎士。折れ曲がってしまった金色の鷹の部隊章。木槌か何かで裏から叩いて無理矢理直し嵌め込んだ様子をしたそれに、アプスは顔をしかめた。

 剣の手入れが命に関わる彼としては鉄や金属の装飾を粗末に扱っている人物ほどろくでもないと、直感的に察する。


男と目が合うよりも先にスーの反対の手を掴んで離れさせようとしたが、アプスの伸ばした腕に果物ナイフのような短刀が突き刺さる。


「ぐ……っ!」


「あっくん!」


刃こぼれして根本の錆びたナイフに、傷を負わされた痛みよりも込み上げてくる怒り。装飾品以上に大切に扱われていない刃物は、アプスにとっては怪我よりも気を揺らされる物だった。


「ガルラさん! こいつです! 輝石竜(ミルウォーツ)の子娘……!」


「ストランジェットだってば! お、おじさんは昨日の変な人……?」


「名乗らなくて良いから! そんな場合じゃないくらい馬鹿だって解るだろ?!」


「だって……!」


「その通りだよう。お嬢さん。なに、君達をどうにかするつもりは我々には毛頭無いからね。ただ……」


 アプスの腕にナイフを飛ばした者の声。ひしゃげた部隊章の男にガルラという名で呼ばれた男がこちらへ歩み寄ってくる。

長い豊かな金髪が波打つ大男。魔法学校の中でも一番身長があるディルバーより更に頭一つ分以上背が高く、筋肉量も庭の土いじりで鍛えられているジェイスでは比にならないほど多い。筋肉が浮き出して見えるぴったりとした服の上から片腕だけの鎧をつけており、そこにも鷹を印したメダルが嵌まっている。

 

銀蜂(アンバーマーク)のクソムシ共を誘きだす餌になって欲しいんだ。拒否権は無いよう。うん。抵抗したら片腕くらいは折っちゃうかもだ。やめたほうがいい」


 岩山のような体つきとは対的な、ねっとりとした口調でガルラは続け、


「痛いのはいやだろぅ? チビっちゃうだろぅ?」


「し、知らない人についてっちゃ駄目って、ボクたち先生に教わってるから……」


「知らなくなんかないだろぅ。そこにいる腕の折れたおじさんはね、君を横取りしようとした銀蜂隊(ハエども)に怪我をさせられたんだ。我々はその仕返しがしたいんだよぅ」


「横取り……? ボクを助けてくれたのは先生だ! アンバー何とかなんて、虫さんなんて知らない!」


 否定するスーに顔を寄せて屈み、太い人差し指を口に当てて塞ごうとする。


「しー。黙ろうねえ、輝石竜(ミルウォーツ)のお嬢さん。君には奴らを誘き寄せる為に働いてもらって、そのあとは王様のところで大切に、たぁいせつにしてもらったらいいよう。貴重な財源になるからねぇ、君は……」


「ガルラさん、こっちのガキはどうします?」


「適当でいいよぅ。そっちの彼は剣も抜けない腰抜けなんでしょ?」


「この……っ!」


アプスはすぐ側で会話を聞いていたが何も言えずにいた。男に錆び付いたナイフを抜き取られて血が石畳に落ちると、息を飲んで負傷した片手を庇いながら後ずさった。

彼の怪我に気付いてスーも顔を青くするが、状況は変わらない。

二人を捕らえた悪人面の騎士達になす術がない。絶体絶命の状態だ。




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