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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
54/140

53 二人の冒険

***



「よく乾燥で喉や鼻を痛めたりしないよな……」


 アプスと相部屋のジェイスは二段ベッドの上側でごうごうといびきをかいて寝転けていた。

 彼の壮大ないびきは、悪いときにはその音に起こされ寝付きを邪魔されたりもするのでかなり鬱陶しい。

 いつものアプスにとってならそれはストレスでしかなかったが、今回ばかりは彼の放つ轟音のお陰で気付かれずに部屋を抜け出て来ることができたことに少し感謝した。


「……のんきで羨ましい」


 ぽつりと呟き、秒針の音をいびきに掻き消されている時計を横目にして行動を始める。

 普段から肌身離さず持ち歩き、毎晩抱いて寝ている大剣、雪待鳥(ゆきまちどり)の意味を持つ名前を、彼の記憶の中で鍛冶師が呼んでいたそれを手に取り、アプスは寝姿のままベッドの上で体を横に滑らせた。


 シャワーの後寝巻きを着ずに普段着を着直していたアプスは、部屋を共用しているジェイスが先に寝ることを知り、黙ってあらかじめベッドの下に隠していた肩掛け鞄を引きずり出すと、さっと体を起こして数秒で外出の支度を済ませる。


「風邪ひくなよな、ジェイス。君が病気で倒れて困るのは同室の僕なんだから」


 振り返らずに一言悪態を呟く。

 夢の中で巨大な魚にでもなっているのだろうか。水の中を進むように手を腰の下にぴたりと付けながら体を揺らし、大口を開けて眠っているジェイスからの返事はなく、アプスはドアに手を掛け部屋を抜け出した。



 明かりの消えた暗い廊下。無機質で無愛想な白い壁が連続する道は幼い子供の頃ならば怖かったかもしれないが、見慣れた今では何とも思わない。

 それでも不気味なことには変わり無く、時々何かの気配がするのではないかと身を竦めてアプスはそこを進み、待ち合わせをしている玄関へと向かった。


 廊下を過ぎ、皆で朝食をとった食堂の前を通過して、玄関前の広間に出る。

 音を立てないように赤い絨毯をそっと踏み、玄関の扉にはまった覗き窓になっている硝子から外を見たその時、急に今までにない気配を背後に感じてアプスの体が強ばった。


 何かがこちらへやって来る。

 向かって歩いてきている足音がする。自分が乗っている絨毯を自分ではない誰かの靴が擦っている。何者かがすぐ後ろに迫ってきて、いる。


(まさか! ジェイスが目を覚まして追ってきたのか? いや、黙って抜け出したのがビアフランカ先生にバレたのかもしれない……?!)


 気配に追い付かれ振り返ると、ぼんやり浮かび上がってきたのは予想していた人物たちのどちらでもなく、ふわふわと揺れる白い布を被った得体の知れない何か。

 やたらと大人ぶった普段のアプスであれば、常識的に考えて超常的な物は信じないと冷静に言ってのける。


 しかし、今晩はイレギュラーなことが多く彼が冷静でいられない口実にするにはうってつけの要素が揃っていた。


 皆が寝静まった後に、黙って学校を抜け出し夜の街にマグを捜しにいく。それもスーと二人きりで。彼女の我が儘な頼みなのに断らなかった。

 アプスはスーに頼られたとき、何故だか彼女のことを不思議と意識してしまっていた。

 実習室の小屋の中でマグのことを話す彼女はどうしてあんなにも憂鬱そうな顔をしていたのだろう。


 そして、そんなスーの顔をどうして自分は魅力的だと思ってしまったのだろう。

 思い返せば、アプスにとっては思い通りにならず苛立つ原因になっていたマグの存在を、死んだなどと酷い嘘までつかれたのにも関わらず、まるで庇うようにスーが話したのは何故なのだろう。


 彼女に協力すると決めた時からずっと、アプスは胸の内側でちくちくと短い痛みを繰り返していた。


 その思考に支配されないようにしてはいたが、一人で暗い廊下を歩いている間それしか考えられなかった。

 アプスはとうとう正しく目の前の物が見られないほど不安になったのか。

 スーと合流したら何と声を掛けようかとそればかり浮かべては頭の中で泡のように割って振り払っていたのに。と、


「ばあ!」


 後ろから浴びせられた声に驚き、彼は抱いていた大切な剣を思わず前に放り投げ悲鳴を挙げる。


「う、うわわわっ?! なっ、何かんがえてるんだよ!? ストランジェット……! 君か!」


「夜の学校って雰囲気あるよねぇ。こんな時間に出歩くの初めてだね。あっくんもやっぱり暗いの怖いの?」


「僕もって、何だよ。その言い方……君はちっとも怖がってるように思えないんだけど」


「ボクは怖くないもん。相部屋(うち)のせーちゃんがね、お手洗いに起きるといつも、ついてきてーってボクに言うからさぁ……あっくんてばすんごいビビりじゃない。せーちゃんと一緒だ」


 アプスに彼が理由を見付けられない不安を植えた存在であり、彼の後ろを歩いてついてきていた正体がそこにいて。

 暗闇に慣れたばかりの目を回さんばかりに慌てたアプスをからかって笑った。

 スーはただアプスが幼い子のように暗闇を恐れていたと思っていたらしい。


「ほら、大事な剣。あっくんの命! 落としちゃだめでしょ?」


「誰のせいだよ……」


 そう言って剣を拾い上げると、気も知らずに。と、ムッとするアプスのこれまで考えていた事の何一つも知らない顔で、スーは彼に微笑んだ。


「手、繋いだげよっか?」


「い、いいよ。別に……僕は子供じゃないんだ」


 セージュを子守する時と同じように手を差し伸べられたのが気に入らず、無愛想に顔を背けて断るアプス。

 そんな二人の様子を玄関の向こう側、扉についた窓からふわりと光るホロプランター達が覗いてにこにこ笑っていた。







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