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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
53/140

52 取り付け



 彼の嘘発見器とは、「魔法によっておとぎ話の内容を再現するもの」だとイレクトリアは俺に教えた。


 俺は優柔不断な顔をして、この魔法によってこれから自分の身に起こるであろうことを予想する。


 まず、恐らく前者を選べば何処からか狼が現れて体を噛まれることになりそうだ。

 獣の気配は今はどこにも感じられない。

 だが、この部屋や辺りには獣が潜めそうな死角がいくらでもある。


 入ってきた戸口の方からか、反対側の暗い奥の方からか、はたまたイレクトリアの足元の影からかはわからないが、どこからともなく猛獣が飛び出し、きっと俺は怪我を負わされる。そんな気がする。


 ならば後者はどうだろうか。

 まず、鼻が長く伸びるなんて人間の身体的に有り得ない。

 となれば、狼と違って急に無抵抗の俺に怪我をさせるようなことは起きないのではないか。


 それに、外からの危害でなく自分の身に異変が起きそうになるのならば、どうにかできそうな気もする。

 マグの体が危険を察してくれれば、発作的に路地裏で起こした魔法のように、彼らの目を欺ける技が出せる可能性もある。


 自分自身の力で防いだり、我慢したりが出来るなら狼から身を守って戦うよりも、現実的に何かしらの対処もできそうだ。こちらのほうが危険性は低い。


 万が一、本当におとぎ話のように鼻がにょきにょき伸びたとしても、この場ではジンガたちに笑い者にされるだけだろう。

 狼に噛み殺されてしまう前者の話よりも、格段に受けるダメージは少ないはずだ。


 きっとこれは俺の体に痛みを与えるか、心に痛みを与えるかの二択を彼は選ばせているんだな。


(そうか。そういうことなら……)


 俺はそう考えて彼への回答を導きだした。


「……じ、じゃあ、鼻が伸びる方がいいかな」


「かしこまりました」


 恐る恐るイレクトリアに答えると、目の前の相手はふっと目を細めた。

 彼は俺に向けて一瞥し、手元の本の中を見る。


 嘘発見器というものが文字通り、俺の発言の信憑性を確立してくれるなら、俺の抱いている色んな疑問も解けるかもしれない。

 マグに尋ねたいことの山ほどあるうちのいくつかを、彼の魔法で解き明かせるかもしれない。


 もし、それができれば彼の魔法は俺にとっても好都合だ。

 この機会に、上手く使わせてもらえないだろうか。


(でも、どうやって俺が言うことの真偽を見抜くんだろう……? 脈とかに反応するのか……? マグが話したくないことをきかれたら多分、この体、頭痛も起きるけど大丈夫だろうか……?)


 ……俺のそんな考えはまだまだ甘かった。頭痛や鼻がヘンテコな形になるくらいなら平気だ。と、思って選んでしまったことを、後の俺は大後悔する。

 この時はまだそれを知らなかった。


 イレクトリアが俺に手を伸ばし、


「では、魔法をかけますので動かないでくださいね。楽にしていただいて結構ですよ」


 俺の額に軽く手のひらを押し当てた。

 あまり強い力ではないのでよろけることもない。

 風邪をひいた子供の熱をみるようにそっと、


「今日はこのお話を貴方に……」


 彼に触れられている額が何かに引き寄せられるようになる。

 俺は顔と身を斜めに倒していき、深呼吸をする。

 長く息を吸って力を抜き、ゆっくりと視界をぼやかしながら息を吐き出す。


「……うっ」


 深呼吸を繰り返して落ち着いていると、イレクトリアの触れている部分に薄く青い光が灯り、じわじわと俺の眉間に脂汗が滲んできた。

 

(ちょっと待てよ……あ、頭が、痛っ……!)


 予期していなかった痛みが電気のように走る。

 襲い掛かる頭痛の理由がわからない。

 それは突然やってきた。これは何だ。

 脳が呼吸を停めたように軋み、酷く気持ちが焦りだしてしまう。


「いっ……ま、ま、待ってくれ……?!」


「『妖精は虚偽を話す傀儡に魔法をかけます』……おや、じっとしていないと、鼻以外にもかけてしまいますよ?」


 反射的に右手を上げて停止をお願いしようとしたが、彼は歯医者ではない。痛くてもやめてはくれない。

 俺の声を聞いてもイレクトリアは表情を変えなかった。


 揺らめく光の加減が変わる。脳波のように俺の額の上で脈を打つ。鼓動が早まり、心臓が頭に入っているように耳の近くでどくどくと鳴る。

 脳の代わりに心臓が呼吸をするように。激しく頭の中に来て暴れまわっている。


 冷たい目をしたイレクトリアは、俺の額を掴んでただ自分の仕事を進めていた。

 俺の鼓動にはまるで興味が無いように、手から伝う彼の脈動は正常だった。俺だけが一方的に熱みを感じている。


「『そして、人形が誠実さを忘れたとき、その鼻はたちまち前に向かって伸び始めました』」


 話が区切られ突然、脳に指で直接捕まれているような激痛が走った。

 その後、イレクトリアに初めて会った時にも似たような感覚……心臓を撫でられているような締まりの無い変な感覚が追ってくる。


(嫌だ……やめてくれ……誰か助けてくれ……!)


 彼に触れられるのをマグの体が拒んでいる。彼の魔法が頭の中に入ってくるのを嫌がっている。

 頭蓋骨の奥に手が入り、中を覗かれそうになることを必死に断り、痛みを全て頭痛に摩り替えてしまおうとしている。


 とてつもなく痛い。半端ではない。

 吐き気を催して胃液が上がってきた。喉が焼けるようにヒリヒリする。

 血管が煮えて蠢いて暴れている。脳の皺が割け目からバラバラになってしまう。


 だめだ、このままでは。激痛に頭が支配されてしまう。


「ぐわああ……っ!」


 とうとう耐えきれない脳が指令を下した。

 俺は悲痛な悲鳴を挙げ、呪文を唱えている目の前の男に掴みかかって制止をする。

 ……つもりだったのに。


 後ずさるだけで精一杯だった。青白い光を額から断ち切り、イレクトリアの手を払って後方に下がる。


「……教諭、いかがなさいました? 呪文(おとぎばなし)はまだ終わっていませんよ」


「せ、先生さぁん!」


 逃げ出した俺を嗜虐的な指が追った。汗だくになっている俺と対照的に、冷ややかな視線が見下し、イレクトリアが俺を自分の手に連れ戻そうとする。


「続きを……」


 それを遮る頼りない声がして、


「だ、大丈夫ですか……? だ、だだ、だから言ったんですよぉ……」


 フィーブルが駆け寄り俺の肩を抱いてくれていた。


「ふ、副隊長! やめてください! うぅっ、う、嘘で鼻が伸びるどころか、こ、このままじゃ、先生さんが、し、死んじゃうじゃないですか……!」


「……死にはしませんよ。加減をしていますから」


「こ、っ、ここまでやる必要なんてぇ、本当はなぃんでしょ……っ! 先生さんは、悪人じゃなくて、わ、私たちにお話ししに来てくださったんですから……っ」


 朦朧とした意識が返ってきて、フィーブルが俺を庇ってくれたことに気付く。

 呼吸困難に陥っていた俺の脳と、上がってきていた心臓が酸素を取り戻す。

 熱さと痛みが退ける頃には、彼女の長い腕が俺を包んでくれていた。


「おい、フィー! テメェなんの真似だ!」


「た、隊長に怒鳴られたって、私ひきません! やです! 駄目です! これ以上は銅獅子(バスティーユ)に副隊長のこと、≪空想≫を悪用してるって密告します!」


 何故だろう。俺は話をしに来ただけのはずだったのに、フィーブルに抱き留められるまで命の危険にさらされていた気がする。

 臆病で踏み台にされているような彼女が、俺を守るためにジンガとイレクトリアに脅しをかけているのが信じられない。


「フィーブルさん……? 俺を助けて……?」


 今まで俺が見てきた彼女は、隊長たちの言いなりでいつも怯えていた。

 眉も悲しげに下がり、泣き出しそうな顔は今も変わらないが、俺を支える体はしっかりと強く立っていた。

 震えてはいるが、彼女の決意が感じられる瞳はこれまで見た印象を覆すような閃きを持っていた。


「えへへ……先生さん、私は先生さんを信じてますから……そ、それに、隊長達は乱暴すぎるんです……ずっと私も言いたくて、でも……」

 

 緩やかに視線を交わす俺たちの上で、ジンガが呆れたように頭を掻いた。


「俺らに言ってる時点で密告(チクリ)にゃなんねぇよ」


 足元に落ちてきたその声は、怒りにも憤りにも染まっていない、小さな不満を漏らしたような呟きだった。

 何処かで感じていた残酷さは既にジンガにはなく、彼がそういう表情になれば部下のイレクトリアも俺への関心はないらしい。

 邪魔に入ったフィーブルに何かを言うでもなく、俺の体に危機を与えていた当の本人は、上司の顔も部下の顔も伺うことなく書物に視線をあてていた。


「また中途半端ですが、いいですかね。隊長」


「まぁ、十分なんじゃねぇか。これ以上はゲロ吐きそうな顔してやがってたのはマジだしな、このままやりゃいいだろ」


 二人の頷き合う様子にフィーブルが安堵して、俺を解放してくれた。


「フィーブルさん、また助けて貰っちゃいましたね」


「いーえいえぇ……。私も先生さんのお陰で、は、初めて隊長たちに、じ、自分の意見が言えましたぁ……」


 俺もフィーブルもこれで終わりだと思っていた。

 微笑みを恥ずかしそうに向ける彼女に礼を言い、やっと袖口で水滴を拭う。

 彼女も俺の動きを見て、首に巻いた黄色いストールで俺の頬を軽く拭いてくれた。カラン、と提げた平たいベルが鳴る。


 静寂にはためくイレクトリアの青い布は、フィーブルの黄色い布と同じ材質ではあるが同じとは思えないほど冷たい物質に見える。


「それでは、続いて質疑応答を始めましょう。教諭」


 本が勢いよく閉じられる音。

 次いで耳に入ってきたイレクトリアのさっぱりとした一言に、此処までの出来事が下準備に過ぎないことを知らされた。


 俺はまだ地獄行きの切符をこの身に与えられただけ。

 本番はこれから始まるのだった。

 再びやってくる危機を察して、頭から胸に戻ってきた心臓が激しく鳴り出していた。





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