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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第3章.港街の護り手たち
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51 嘘発見器

***




 ――――――俺は現在進行形で間違いをおかしているのかもしれない。

 しかし、俺にそう思わせるように仕掛けてくる世界が悪いと決めつけなくちゃならない。今は、今だけは。





「はぁ? 夢? テメェなんつった?」


 言葉を綴り直すにはもう手遅れだった。

 怒りの火が点ったジンガの声はしんと静まり返った会議室に響いて広がり、俺の足元に収縮して落ちた。落ちると同時に跳ね上がって、


「テメェは俺らを馬鹿にしに来やがったのか?! ああ?!」


 下顎から拳で殴り上げられるような怒声が飛ぶ。

 それは声だけで十分に俺の鼓膜を振動させた。

 

「ナメたこと言ってんじゃねぇぞ先公よぉ……何が夢ん中でだ? テメェは夢ん中で見たことを俺らに話してどうなると思ってやがんだ? 確証のないモンを証言とは言わねぇんだよクソが。わかるか?」


 鬼のような形相のジンガが早口になって上から怒鳴りつけてくる。

 やっぱり手遅れだった。

 俺の意を決した発言は彼を顔面通りの悪人に変えてしまい、ジンガは俺の耳を千切らんばかりの罵詈を浴びせてきた。


 上から来た声が落ちては跳ね返って二重に俺を脅してくるが、それでも俺は怯まない。

 俺は俺がこの世界に来てから見たものを言っただけで、夢の中での出来事でも間違いだなどということはない。

 発言した瞬間にそう自分の中で勝手に決めていた。


 ただし、それは自分自身やこの世界を俺が客観的に見ているからに過ぎない。

 俺自身を中心に現在を物語の中のこととするならば、ただの登場人物でしかない彼らには何も伝わらない。

 そのことも承知の上だった。


 今俺がこうしてマグとして発言していることに間違いはない。

 単純に彼らが俺を信じられないというだけなのだから。

 何かが彼らの物語に繋がっていくと信じて、俺ははったりで押し切っていくしかない。

 無理を通して貫いて勝てるという確証はないが、確証がないのは俺もジンガたちも似たようなものなんじゃないか。


「……テメェ真面目に話す気あんのか? 大体、俺らが例の竜に遭遇したのは昼の話だ。テメェの夢ん中でヤツがくたばってたら俺らが見たのは何だっつうんだ? テメェの夢から出てきた幽霊か? おい?!」


「せ、せせっ、先生さぁん……っ」


 縋りつくような涙目をしてフィーブルが俺を見た。

 ジェスチャーを踏まえ、ジンガに今すぐ謝罪するように俺に訴えてくるが俺は絶対に退かない。

 どう言われようと後ずさりをして怯んだら、何もできずに終わってしまう。緊張感が俺を逃がそうとして、怒声を受け取り続けた耳も痛い。

 脅しに屈することなく見上げ続けている俺は、


「最後まで話をきいてくださいジンガさん。俺の夢の中でファレルファタルムは……」


「黙れ!」


 発言を続けようとする俺に怒り、ジンガがタバスコ入りの小瓶を机に叩き付け声を荒げる。

 俺の言葉を遮って、赤い液体が宙を舞った。

 ガラスの破砕音がしてぶち撒かれた唐辛子のソースが、びちゃっ。と、さっきまで暴言が落ちて溜まり場にしていた足の間にかかった。

 数滴の香辛料のすっぱい臭いが鼻についたがそれでも俺は手も声もあげずにジンガを睨んだ。

 

「ひいいっ?!」


 横でフィーブルが悲鳴を挙げると、ジンガのいる発言台の高い机の側面を赤い水が滴った。

 半端に割れたビンの残骸が放られて床を転がる。


「テメェの寝言なんざ聞きたくねぇんだよ!」


 路地裏で出会ったときから彼の沸点がかなり低いことには気づいていた。

 だが、ここまですぐに頭に血が上るとは思わなかった。

 それは彼を焦らせるほどファリーの被害が出ている証拠でもあり、俺の心も揺さぶらそうになるのを必死に堪える。


 血管を浮かせて顔を歪めるジンガは、鋭い目付きだけでも人を殺せてしまえそうだ。

 俺も冷静でいることが苦痛になってきた。


 それでも退かない。

 もう一度、彼の赤い手元を見上げてジンガを睨み返したその時、


「まぁまぁ、隊長。教諭が口を開くたびにそれでは話が進みませんよ。今は彼で遊んでいる場合ではないでしょう?」


 フィーブルと反対側にいたイレクトリアが俺たちの間に割って入った。


「やり方を変えてお話しをしましょうか。教諭」


 俺の前に来た彼の薄茶のブーツがチリソースの赤い水を跳ねさせ、ガラスの破片を踏み潰す。

 どんな時でも悠長な優男はまるで俺とジンガの時間を止めてしまったかのように場を鎮め、


「一方的にお話をうかがうのではなく、教諭に我々が質問をする形にするのはどうですか? 質疑応答ってやつです」


 イレクトリアが嫌味なく整った顔を俺に近づけて提案する。

 黄色い瞳が緩く細まる表情を俺は鼻の先で見せられていた。

 この場の雰囲気にそぐわぬ優しい笑顔を彼がつくると、俺は提案の拒否権がないことを思い知らされて息を飲んだ。


 イレクトリアはジンガと比べ常識的で俺の話もちゃんと聞いてくれるものだと、彼の外面を見て心のどこかで期待していた。

 だが、侮れない人物だとも感じていたし、今この場所での彼は紛れもなくジンガの部下である。


 彼は俺を助けに分け入ったのではない。

 酷く嫌な予感がして、頬を流れるはずの汗が乾いてしまった気がした。


「……イレクトリア。それならソイツに〈嘘発見器〉やってやれ」


 俺の表情を観察するイレクトリアに上方からジンガが指示をする。

 ジンガの表情は怒りの剣幕を既に潜めており、口元が少し卑しく吊り上がっていた。

 俺の酷く嫌な予感が倍に増す。


「嘘発見器って……?」


 俺を怒鳴りつけるのをやめイレクトリアの対応に渋々といった様子で頷いたジンガの言葉を繰り返すと、


「せっ、先生さぁぁん! お願いですからお話を、夢なんてふざけてないでっ、たた、隊長に本当のことを、い、言ってくださぁぃっ! まだ今なら間に合いますからっ! ふ、副隊長の、ご、拷問より、た、た、隊長に殴る蹴るされたほうが、ずっとずっと痛くないですからぁ……!!!」


 先ほど俺を制止させようとした時以上の声でフィーブルが喚きだした。

 彼女にとっては他人事なのに、まるで自身が隊長たちから乱暴をされる前のように大袈裟に喘鳴する。


「ほ、本当です……っ! ふ、ふふ、副隊長の方が、あ、あんなっ顔してますけどっ、隊長よりも、ずっとサディ……っ」


「フィーブルさん、声が大きいので聞こえています。教諭をあまり脅かさないようにしましょうね」


 イレクトリアはフィーブルに最後まで言わせず、俺から顔を離した。

 手が届くくらいの距離をとると、右手の白い手袋をゆっくりと外す。

 反対の手にはさっきピザを食べながら読んでいたハードカバーの本を開いて持っており、何かの準備を始めているようだった。


「嘘発見器って何かの魔法なんですか……?」


「ええ。……さて、教諭。貴方がイメージしやすい方をお選びくださいませ。『狼に食べられてしまう少年の話』と『鼻が伸びる傀儡人形の話』なら、どちらがお好みですか?」


 イレクトリアの問いの意味がわからず、戸惑う。

 口にはしなかったが、「どういうこと?」と、俺はそんな顔をしてしまったのだろう。

 視線の先にいる鋭い男はあの時と同じように俺の心を読んできた。


「今から私が貴方に魔法をかけます。嘘をついたら狼に噛まれる魔法か、鼻が伸びる魔法のいずれかにしようと思いまして……」


 ジンガのように上から大きな声で責め立てることはしないが、イレクトリアも彼は彼で独特な威圧感を持っている。

 隊長とは真逆の外面と丁寧で優美な物腰から、すぐに暴力的な行為を行ってくるようには見えないが、実際はどうなのだろう。


 副隊長の地位と秀麗なルックス。加えて不気味なほど高い洞察力。

 そういえば、出会ったときに見た腰の剣は何処にいってしまったのだろう。支部にいる間は武器庫にでも置いておくのだろうか。


 あまり彼を見ていると、二物を与えないはずの天の神も彼相手には制約を忘れてしまっている可能性があるのではないかと疑う。この世界に神がいればの話なのだが。

 この世界での俺の新しい体がもしもマグじゃなくてイレクトリアだったら、彼の姿は俺に上手く扱えただろうか。そうなれば今とは全然違う立場にあっただろう。


(いっ、痛……っ)


 そう考えた途端に脳が軋んだ。もしかしてマグが嫉妬したのか。

 そんなに自己主張してくるような体じゃない。と、思ったときほど俺に訴えてくるものだ。


「お悩みでしたら両方というのもアリですね」


 穏やかな彼の口調がまるで何かの販売員のように感じられた。

 丁度、花屋の売り場でプレゼントに悩んでいるときに手ごろで色合いの良い何種類かを纏め、花束を見繕ってくれる店員がこんな感じだ。


 観察に集中して黙っている俺に、イレクトリアは爽やかな笑顔で首を傾げる。

 寄せている前髪が垂れ落ちたのを直しながら言い、花の似合う騎士は野暮で鈍臭い俺の返事を待っていた。

 

「え、ええと……」


 話が長らく脱線したが、俺も彼の提案に返事をしなくてはならない。










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