04 俺の体の彼の名は
「お待たせしました。どうぞごゆっくり」
毅然とした姿勢でスーの前に三段重ねのパンケーキを、俺の前にコーヒーとミルクさしを置くとウェイターは目だけで冷たく合図した。
俺が興奮していた様子を見ていたのだろう。
頭の形はどうみても犬だがスタッフとしての気配りは一流なようで、言葉に出して俺を注意することはしなかった。
視線が突き刺さるように痛いが、店の雰囲気にそぐわぬ行為をしたのは俺のほうなのだ。
何も言えない。
こころなしか他の客たちからも注目を受けているような気がする。
「まぁまぁ、仕方ないよ。それよりもほら。先生も食べて」
混乱と反省とで焦燥気味になっていた俺にスーは気を遣ってくれており、ウェイターのところへ行き皿をとって戻ると器用に切り分けたパンケーキを俺にわけてくれた。
赤い実や黄色い果肉をふんだんに乗せたパンケーキは、ふんわりと焼けた生地の重なりに溶けたアイスクリームが浸み込んでいる。
美味しそうには見えるのだが、どうしても腑に落ちないことが多すぎて、今これを上手に食べきる自信が俺にはなかった。
でも、スーの気遣いを断りたくない。
「ありがとう」
甘酸っぱい実が口の中で弾ける。
味覚は常人と同じなのか。
角の生えた自分の姿を見てからというもの、俺は自分の行動のすべてが自分の体への実証実験のように感じられていた。
少なくともおいしいものはおいしいと感じられる舌ではある。
それがわかると少し安心した。そんな安心がスーにも伝わったのか、
「おいしい?」
「うん。おいしいよ」
さっきまでと同じような会話を取り戻すことが出来そうだ。
自然と微笑みを交わせた。
「なぁ、スー。俺も君と同じドラゴンなのかな?」
「まさかぁ。先生はそんなことひとことも言ってなかったよ。もっときっとすごいものなんじゃない?」
スーを通して自分のことを学んでいくしかない。
そう決めたのだからあとは彼女に合わせて質問をしていけばいい。
でも、彼女から得られる情報は何故か偏っていて上手い事使えるかというとそうでもなさそうだ。
例えば彼女は、俺の体の主がコーヒーに砂糖は少し、ミルクはたっぷりというのが好みだということは知っているけれど、角が生えている理由については知らないらしい。
彼女と同じ種族ではないらしいということまでしかわからない。
竜である彼女にはバランスよく顔の横に二本あるのに対し、俺のは頭の片側に一本しかない。
尻尾や羽根もないし、ドラゴンに変身できるかと言われても到底できそうにはない。
「先生って呼んでくれてるけど俺、君に何を教えてたの?」
「いろいろだよ。先生はボクらの学校の先生だったから」
「君たちって、ドラゴンの?」
「ううん。そうじゃなくって。もっとみんなの」
大きめに切ったパンケーキを幸せそうにほおばりながらスーは答える。
「ここから海の先っぽのほうにある魔法学校の先生だったんだよ。死んじゃうまでは」
新しい情報の雪崩の中に聞き流せない言葉がそっと付け加えられ、俺は掴んでいたフォークを取り落としそうになった。
「死んじゃうまでは……? 俺、死んだのか?」
「そうだよ。だからボクもびっくりしたんだ」
驚いてそのまま復唱し聞き返す俺に、スーも食べていた手をとめ真剣な顔で向き合った。
「『マグ先生はこの世界を救った代償に死んじゃった』んだって、ビアフランカ先生がそう言ったの」
明るく愛らしい笑顔ばかり見せていた彼女が語気を潜めて突然神妙な面持ちで話し始める。
その中に個人を特定する名前が二つ拾えたのを俺は聞き逃さなかった。
――――――マグ。
これが俺の体の本来の持ち主の名前だったのだろう。
この名前が幾度も頭の中で反響する。




