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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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48 真実の為に



 背筋を張りさっさと先を歩くカナンと、俺の脇でくすぐりの効く場所を探して悪戯をするミレイ。

 タイプの違う二人に案内されながらやっと庭を過ぎ、俺たちは館の入り口を通過した。


「御足労をお掛け致しました、教諭」


「いえいえ。カナンさんこそこんなに遠くからいらっしゃってたんですね」


「私はそれが仕事ですので」


 ファレル支部は本拠内部も天井が高く、外側と同じ石膏色の柱が聳え立っていた。

 正面の奥に両側開きの扉が見え、両脇には燭台が灯っている。

 赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれる上を行けば、風のない道で俺達の通過に合わせて騎士団の旗が靡いた。


「この先で隊長達がお待ちです」


「よろしくね、マグっち。気を付けてね。隊長キレるとクソこわだよー。副隊長は逆に怒んな過ぎで怖いけど」


 カナンとミレイが扉の横、少し手前の柱に立って俺を見送る姿勢をとる。


「お二人は?」


「我々は一度、治癒団(リント)の方々を見てきます。それと、森や街の周囲で待機している隊員にも連絡をしなくてはなりませんので」


治癒団(リント)ちゃんたちに任せとけばへーきだし、手伝うことなんてないと思うけど 一応(イチヨー)ねー」


 二人と別れて扉に向かうと、俺の行く手に見覚えのある背丈の大きな女性が一人。赤いソースの入った小瓶を持って扉を叩いていた。

 

(たしか彼女は昨晩の……)


 まだ俺に気付いていない彼女の後ろ姿に近寄り声を掛ける。


「あの……」


「ひっ! あ、あわわっ! 先生さん!?」


 牛の尻尾がピンと誰かに引っ張られたように伸び、肩をびくんと震わせる大袈裟なリアクション。

 俺の存在を認識し、慌てて騎士の長身女性は振り向いた。驚いた彼女は危うく持っていた瓶を落としそうになり、俺は彼女の片手を受け止める。


「ええと……フィーブルさん、でしたっけ?」


「ひゃあぁ、どうも。昨日ぶりですぅ~」


 思った通りだった。

 見覚えのある飛び抜けて高い身長に、身丈に似合わず怯えたような涙目とおどおどした喋り方。彼女は牛の特徴を持った獣人、フィーブルだった。


「それは?」


「ち、調味料です! 隊長がピザを食べるのに持って来いって……。先生さんこそ、どうしてここへ? この先はうちの会議室ですけど……」


 手を離し、二人同時にドアに向き直る。


「俺は隊長たちに用があって来たんだ。例の、ファレルファタルムの件で話すことがあってさ」


 赤い小瓶の正体はピザやパスタにかける辛味調味料らしい。タバスコのような物なんだろう。彼女が説明し別の問いを返す。

 その問いに俺が答えるとフィーブルはもともと眉間に寄っている眉をさらに潜ませて、


「や、やっぱり、あの……ファレルファタルムって、せ、先生さんのとこの、スーちゃんと関係あるんですか……?」


 そのまま小さな声で話を続ける。

 彼女の言葉には今度は俺の方が驚かされた。彼女は核心をついてきた。

 どうやら俺の考えと彼女の想像していることは近いらしい。挙動で自信のない様を全面に出している彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。


「わ、私、あ、あのっ、隊長達には言えてないんですけど、ファレルファタルムが人を傷付ける竜だなんて思えないんです……だって、な、名前だってこの街の護り神……って意味で、絵本にもなってるんですよぅ……」


 俺はフィーブルの話を信じたい。俺自身もそれを肯定する為にやってきたのだから。

 夢の中で見たファリーが無差別に人を襲って怪我をさせるなんて思えない。


 噴水の周りで忙しくしていた治癒団の人々や傷付いた人々を見て、少し揺らいでいた気持ちを彼女に引き戻された気がする。


「……ありがとう、フィーブルさん。俺もそう思ってる。だから話をしにきたんだよ」


 学校に来たカナンが見せてくれたイラストの優しいタッチのほうが恐らくフィーブルの言う絵本の挿絵なのだろう。

 俺の知るファリーのイメージと一致するし、彼女の言う『港街の護り神』とは街民にとってもそういう存在なのだ。


 否、そうであってほしいと思う。


 俺の悪夢はファリーへの疑いか、それとも真実か。

 俺には悪夢と事件の関係を調べる義務があるし、真相を知る権利もある。

 自分が騎士団に出向いたことで傷付いた人々とファリーを救えるならばこれには大きな意味がある。


 強く願いながら扉を叩き、そっと開いて会議室へと至った。


 騎士団支部の会議室は、学校で見た講堂を縮小したような場所だった。

 講堂は高い位置に生徒の席があり中央の凹んだところに黒板がある形だったが、会議室はその逆に発言者が高い所に立ち聴衆を見回せるようなつくりになっていた。


 一歩踏み入れて見れば、扉に程なく近い席で優雅な佇まいの男が書物に視線をあてながら食事を摂っていた。

 昨晩フィーブル達と共に街を巡回していた銀蜂隊の副隊長・イレクトリアだ。


「こんにちは、教諭」


 彼は俺に気付くと、本から顔を上げ机の上に置いた小さなボウルに片手を入れて洗う。水分を布で綺麗に拭き取り、挨拶をした。


「ファレル支部へようこそ。御足労をおかけしましたね。教諭も召し上がりますか?」


 乳製品の強い香りが鼻孔を刺激する。

 部屋に入る前にフィーブルが言っていた話の中で単語は聞いたが、本当に会議室でピザを食べる人間がいるとは。

 しかも読書のお供に。わざわざページを捲る度に手を洗えるようフィンガーボールまで用意してだ。


「い、いえ俺は大丈夫です」


 少し退き気味に遠慮し、マイペースな食事を続けるイレクトリアに会釈する。

 初めて出会った時の清廉な印象を覆すような彼の食事風景を見、会議室に突入した瞬間の緊張感は奪われてしまった。

 彼の口元で濃厚に糸を引くチーズの匂いにあてられ、少し頭がくらっとする。


 と、ふらついて一歩道を進んだ俺に突如として、


「よぉ、クソトンボ先生。よく来たな」


 聞き覚えのある声が頭の上から降ってきて、俺はそちらへ振り向いた。


「おい! フィー! 早く寄越せ。ピザが冷めちまうだろうが!」


「は、はいぃ……っ! 隊長ぉ!」


 上座で暴言を吐く荒くれ者。

 そこにいたのは、昨日の晩フィーブルと共に俺たちを救った鬼顔の悪漢・ジンガだった。

 相変わらず騎士とは思えない言葉遣いと形相で会議室の中心、発言者が座する台から身を乗り出してフィーブルを呼ぶ。


「ま、待てよ……隊長って……まさか……」


 フィーブルの返事の最後に出てきた名詞で、俺はそれに気付かされた。


「ジンガさんが隊長ーーーッ?!」


「ふえっ?!」


 思わず声を挙げてしまった俺に、ジンガに調味料を手渡していたフィーブルがビクッと肩をすくめた。


 確かにジンガは他の隊員に比べて立派なコートを着ていたし、勲章も沢山付けていた。

 しかし、騎士という存在としての姿は手本のように秀麗なイレクトリアと対照的に乱雑で醜悪なもので、とてもじゃないが彼が副隊長以上の地位を持つ者には見えなかった。


 俺は情報の更新を拒んでいる自分の脳に訴える。


「あの……イレクトリアさんは昨日、解ってて言わなかったんですか?」


「……ええ。私は『私が副隊長です』と名乗っただけで、『隊長のことを隊長ではない』とは言ってませんね」


「た、確かに言われてみれば昨日は隊長、自分が隊長だって名乗らなかったかもですねぇ……」


 俺がきくと皿の上の物を平らげたイレクトリアは口を拭きながら落ち着いた声で言い、それに合わせてフィーブルも苦笑いをしながら納得していた。


「それはそうと先公よぉ。テメェかぁ? 俺ら銀蜂の管轄(ナワバリ)で悪さしてんのは。よくも息子ぶら下げて歩いてやがるぜ。なあ?」


 俺の脳内で情報の受け入れが済むか済まないかしていると、フィーブルに持ってこさせたタバスコを自分の分のピザに振り掛けながら、ジンガが眉根を潜めて話を切り出した。

 威圧的な眼光が赤くなったチーズの塊から俺の方に向けられる。


「単刀直入に聞く。テメェは 例の竜、ファレルファタルムとどういう関係だ?」


 彼の狂暴性は知っている。

 隊長なんて肩書きで鎮座しているが、ジンガはその肩書を自らの行いで忘れさせてしまうような暴漢でもある。

 逆らえばどうなるか解らない暴力の権化の見本市のような人間の羅刹が、俺の前で拳を鳴らす。


「正直に吐けよ? 道中見てきたと思うが、ヤツの被害が出てる。俺たちゃ今すぐヤツをぶちのめしたくてうずうずしてんだ」


 彼に下手なことを言えば路地裏でスーに手を出した男と同じ目に合うかもしれない。

 何処に目がついていたかわからないぐちゃぐちゃのトマトのようにされ、真っ赤なタバスコをかけられて手元のピザ生地と一緒に食べられてしまいそうだ。


 彼の目を恐怖から見返せなくなってしまった俺は彼の二人の部下に視線を送るが、二人は静かに俺を見守っていた。

 心配そうに潤むフィーブルの青い瞳も、冷たく笑わないイレクトリアの黄の瞳も、今は真剣に俺の言葉を待っている。 


「ジンガさん。俺は……夢の中でファレルファタルムの最期を見届けたんです」


 口を開いた途端、滅多に使わない四字熟語が脳内に浮かんだ。四面楚歌という言葉を使えるとしたら今がタイミングではないだろうか。騎士団の人々は具体的にはまだ敵か味方かも解らないが、俺の発言の内容でそれは決まることになる。

 いつまでも怯えてすくんでいるままではここに来た意味もなく、マグが寄越した俺の物語も進展しないままだ。


 俺は意を決し、自分の心臓の音を聞いた。

 

 大丈夫。大丈夫じゃないときに使うのは嫌だと何処かで思っていた言葉が何故だか今はとても心強い。


「彼女は俺の前で死にました。だから、ファリーが街の人々を傷付けることなんてできるはずがありません」


 三人の騎士に囲まれて彼らに話を始めた。

 ビアフランカに教わった事やカナン達に連れられて見たファリーの被害者だという人々を思い浮かべながら、今朝の悪夢を思い出し心の中身を絞るように彼らに告げる。


 

 ────真実を明かし俺がいる世界のまだ見ぬ未来の先を綴る為に、もう一度大きく深呼吸をして立ち向かった。






をお読み頂きありがとうございました!

評価、ブクマ

ご感想や励ましのメッセージなど残して頂けると

元気になります!



次回もすれ違いや

集団戦闘や

親子愛など

色々な要素が入ったお話となっております。


ぜひ続けてお楽しみくださいませ!



2019.2.8 海老飛 拝

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