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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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42 生徒たち


 ビアフランカ先生の集中講座・座学編を終えた俺は、また彼女に教えられた道順で部屋を探し、生徒達が自主学習をしている教室へと向かった。


「さて……」


 ドアを開けるとそこは、大学の講堂のように広い教室だった。

 中央に石の黒板があり、木製の横に長い机と座席が半円を描いて並んでいる。座席の数はざっと見ただけでも百以上はある。教卓をグランドピアノと取り替えれば、見た目だけならコンサート会場のようにも出来るかもしれない。


 そんな広い部屋の一隅に固まって、朝食を一緒に食べた彼らは座っていた。

 教卓に立つ教諭は居ないので向いている方向や並びは自由で、それぞれの個性が出ている。


「あっ! 先生!」


 一番最初に俺の気配に気付いたのはやはりというか何というか、スーだった。

 彼女は声と一緒に身を跳ねさせて俺の元へ走ってきた。


「やぁ。スー」


 他の生徒達が気付いて顔を上げるのを見ながら、俺も抱き付いてきたスーを受け止める。


「自習、ちゃんとやってるか?」


「やってるよ! 先生もビアフランカ先生とはゆっくりお話しできた?」


「うん。まあね」


 彼女の角を避けるのも三度目。すっかり上達した気がする。

 このままもとの世界へ帰れば、俺は日本一の角を避けるのが上手い人間になれるかもしれない。と、帰る場所も解らないのにそんな冗談を思い浮かべる余裕が出来ていた。


 ビアフランカの指導と教科書のお陰で、基礎的なことはわかってきたし、マグの魔法辞典(スペルリスト)についても知ることが出来た。

 不安よりも今は色々試したい気持ちのほうが強くなっている。


「さあさあ、こっちこっち~」


「セーのかきとりもみてほしいのです、せんせ」


「おっ! 俺もこの数式解んないとこがあるからさ、教えてくれよ先生!」


 スーに腕を引っ張られて席に来ると、他の生徒達も俺を取り囲んで口々に話しかけてきた。

 机から我先にと身を乗り出し、俺を振り向かせたのは意外なことにセージュだった。


「どれどれ。セージュは文字の練習か……なるほど、手紙を書くときの挨拶のきまりをなぞってるんだね。小さいのに難しい文章……わかるのかな」


 緑のふんわりした幼い子、セージュは文字の練習をしていたらしい。日本語の挨拶文の定型を書き写した小さな可愛らしい字が控えめに紙上に並んでいる。

 中には難しい漢字も混ざっていたが意味は理解しているんだろうか。


「せ、セーはちっちゃくなんてないなの、です……」


「ごめんごめん。よく書けてるよ」


 そう思ったことが顔や言葉に思わず出てしまい、敏感なセージュはしゅんとしてうつむいてしまった。

 そんな彼女に謝ると自然と片手が少女の小さな頭に乗っていた。


「せんせになでなでしてもらえるならちっちゃくていいのです……」


 柔らかい頬を染めて嬉しそうにするセージュを見ていると、陽だまりの中にいるような気持ちになる。

 と、そこへ、


「あっ、せーちゃんだけずるい! ボクもいいこいいこしてよ先生~」


「な、何でだよ? セージュの勉強を褒めてるんだからスーは違うだろう」


 俺の横に張り付くようにしていたスーが割り込んできたのを笑いながら制止する。

 そしてすぐにまた、


「じゃあ、今度は俺な!」


 自分の自習時間の成果を見てくれと今度はツンツン頭の少年、ジェイスが紙の束を差し出した。

 底抜けに明るい笑顔でにかっと笑うと、


「此処んとこ! 掛け算を先にして、足し算するのは解るんだけどその後の倍率を出すっていうのはなんだ?」


 数式をなぞりながら質問をするのだが、


「ええと……これは、何処までが式なんだ? ジェイス……」


 彼の字は解読出来ないほど下手だった。

 それは俺の脇腹にくっついて離れないどこかの誰かが描いた地図以上の難解さだった。

 スーの場合は絵が描けていないだけで、図形とミミズの這った跡のようなものは描けていたからまだまともだったかもしれない。


 ジェイスの字は俺が想像していた数字のイメージを吹き飛ばして彼方に上げたまま戻ってこない。

 まさかとは思い目を疑う。

 そのまさかでさえ常識と共に真っ逆さまになりかける。

 単純な線で誰もが把握出来る筈の数字が、書けていない。

 1と7の見分けがつかない程度ならまだ予想できたのに。


「えっ? あー……えっと、何処だったかな……掛け算の印が何処かに……いち、じゅう、ひゃく、せん……」


 しまいには本人も自分で書いた数字が解らなくなり、桁数から数え始めているのだった。


「はは……」


 呆れて笑いが漏れてしまうが、ジェイスは自分で書いた答案用紙から問題の部分を探すのに必死で気付かない。


 魔法以外の基礎教育の面でも、生徒達が望めば面倒を見ることはビアフランカから聞いていたが、歳も性格も違う皆を一度に見るのは大変だった。塾の講師でもなかなかこうはならないんじゃないだろうか。


「そういえば、コズエたちとアプスは?」


 ふと、周りを見ると何人かの生徒がいないことに気付いた。脇の下から顔を出しているスーに聞く。


「えっちゃんとディルバーは外だと思う。今日もほこりちゃんたちを呼びに行ってるんじゃないかな」


 ほこりちゃんとは先の授業でもその名を聞いた発光する精霊ことホロプランターだ。

 暗くなると学校の周りを照らしてくれるのだとスーは言っていたが、そういえば学校の中では見掛けない。何処かからコズエ達が呼び寄せているとも言っていたんだったか。

 

 昨晩のことを思い出していると、スーもきょろきょろと辺りを見回して、


「あっくんはさっきまでみんなと離れた所で読書してた気がするんだけど……多分、実習室に行ったのかなぁ」


 うーん。と考えながら答えた。


「実習室か……まだ行ったことないな」


「えっ。もうあっくんとこ行っちゃうの?」


 俺の呟きにビクッと体を震わせて見上げてくるスーは最初驚いた顔をしていたが、その表情を段々柔和な笑みに変えていき、


「仕方ないよね。先生はボクの未来の旦那様だけど、その前にみんなの先生だもん……」


 自信を納得させるように自分で二度頷いてから俺に笑い掛けた。

 教室に入った時からずっとくっついているようなスーが、予想外のことを言ってきたのには俺の方が驚かされる。

 セージュとの間に割り入ってきた彼女らしくない反応じゃないか。


「え? どうしたの? 先生?」


「いや、急に聞き分けがよくなったなって思って」


 スーへの返事に間があいたのは俺が唖然としていたからだろうか。

 彼女の服を引っ張る動作に長い髪で腕を擽られて、開いたままの口から思ったことを言う。

 すると、スーは鼻の周りを紅潮させて、


「せ、先生のほうが焦らないでゆっくりでいいって言ったんだよ!?」


 俺の上着を端から強く手繰って顔を隠す。

 乱した髪が触れてくすぐったい。


「先生、ボクが実習室までの道順描いたげようか……?」


「ははは。遠慮しとくよ。スーは絵が下手くそだから」


「えっ」




 ……油断していたが彼女の力は華奢な見た目より遥かに強かった。

 笑いに乗せて無意識に口走ったその言葉で、まさか俺の上着が使い物にならなくなるとは思わなかった。


(やってしまった……)


 獣の爪に割かれたようにビリビリに破れてしまった外套をスーに被らせ、戸惑うセージュに新しい課題を出して部屋を後にする。

 退室前に声を掛けなかったが、ジェイスはまだ数字の切れ目を夢中になって探していただろうと思う。









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