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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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40 魔法辞典



「マグ先生は貴方の為に自分の力を残したのであれば……」


「俺はマグの意思で彼の体に入っている?」


「そう考えることもできますね」


 俺の手を撫で熱を送ってくるビアフランカを見ていると、頭がぼんやりとし始めた。

 そのぼんやりのお陰で、記憶を思い出そうとすると痛むはずの頭が今は痛まない。路地裏で魔法を使った時と同じように。


 もしかすると、マグの体は俺が無理矢理思い出そうとせずにいれば従順になるのかもしれない。彼の意思がそうさせている気がする。

 記憶は探るのではなく辿ってみて欲しいと、彼の体が俺に訴えている可能性も考えられる。


 ビアフランカの読みは恐らく正しい。

 俺はマグの意思で彼の体に入った。


 彼に何かを求められて、亡くなった彼の代わりに俺が彼の姿を借りてこの世界へやってきた。

 今、それを思い出すことができた。


「貴方はまだ、マグ先生の魔法辞典(スペルリスト)を思ったように操ることは出来なかったのですね?」


「はい。咄嗟に、何かやろうとしてそれで……」


 当然あの時は操るといえるほどには至っていなかった。俺が頷くとビアフランカは触れていた手をゆっくりと離していく。


「それは貴方がマグ先生がした経験をまだなさっていないから。≪記録≫は呪文や手順を知るだけでは扱えず、実践があって初めて魔法となり発動するのです」


 手のひらが離れ、指が離れる。

 懐かしむような表情だった彼女は、にこりと一度微笑んだ。俺を見つめる顔が、古い友人を見るものから新しい命を出迎える聖女のようなものに変化した気がする。

 彼女も改めて、俺がマグ本人ではないという確証を持てたのだろう。


「俺がそのマグの残した魔法辞典(スペルリスト)を自分の力として扱えるようになるためには、書かれている魔法を一つずつ使っていくしか無いってことですか?」


「ええ。そのとおり」


 完全に手を離して身を上げたビアフランカは、俺の胸元を指しそのままゆっくりと教科書へ下ろす。


「そしてそれが≪記録≫の魔法の抜け道でもあります。貴方は本来長い月日と共に覚えるべき魔法をマグ先生から魔法辞典(スペルリスト)という形で既に頂いている……」


 年齢だけで比例して強くなるわけではないというのはこの事だったのだ。教科書の挿絵の老人を見て思う。

 亡くなった時のものが今の俺の姿だとすれば、マグの体はそれほど年老いているとは思えない。青年といえるほど若くもなく落ち着いては見えるが、着替える時に見た筋肉量を考えればまだまだ張りのある体をしているし、中年というわけでもない。


(成人男性ということは最初に確認できてたけど、そういえばいくつなんだろう。呪文の量からして見た目通りの年齢じゃないなんてこともあるんじゃ……)


 とにかく、今は年齢の話は置いておこう。

 新しい疑問が次々と出てくるが、一度情報を整理しよう。

 インクを付けてペンを動かす。羽根ペンなんてここにくるまで使ったことも無かったが今は不思議と手に馴染んでいた。


 ビアフランカの話によれば俺が今宿っているマグの体に魔法辞典(スペルリスト)という魔法が刻まれている。

 それは、マグが亡くなるまでに使っていた≪記録≫の魔法を集めたもので、検索エンジンのように自分が使いたい魔法を呼び出せる。


 魔法辞典(スペルリスト)に入っている魔法は、路地裏で見ただけでも膨大な量や種類があった。

 魔法を扱うためには実践が必要ではあるものの、魔法自体の扱い方を学んで覚える過程は魔法辞典(スペルリスト)を使えば省略が出来る。


 俺はマグからそんな贈り物を授かり、この世界で彼の体に入っているのだった。


「つまり、魔法の呪文はたくさん覚えた状態だけど、MP(マジックポイント)は初期化されてるってことかな」


「マジックポイント……?」


 ここに来てから何度かゲームのような世界だなんて表現をしているが、もしかすると転生前の俺はテレビゲームに熱中しているゲーマーだったのだろうか。と、つい口から出た言葉にビアフランカが不思議そうな顔をする。

 俺は慌てて話題を変えた。


「ビアフランカ先生。その、魔法辞典(スペルリスト)っていうのは魔法使いなら皆誰もが持っているものなんですか?」


「私もいつかは作りたいと思っているのですが、中々……マグ先生のように綺麗に纏めておくことが出来なくて……」


 俺の質問にビアフランカは眉を下げ、自身の指先に小さくキスをする。すると、彼女の手元に掌に乗る大きさの光の玉が現れた。

 その玉を地球儀のように片手で回せば、文字の列が数本横書きに表示される。


「私が作ろうとしても、こんな風に不安定なんです。この中から呪文を選んで引き出そうなんて……まして形を維持したまま自分の体に刻み付けるなど、多くの魔法使いに出来ることではありません」


 確かにマグの魔法辞典(スペルリスト)に似た形状はしているが、比べると小さく表示も明滅して弱い。

 困り顔で首を傾げる彼女の手の上で回転していた魔法の光はたちまち消えてしまった。


 成る程。さっきは魔王討伐の件で落胆したが、もしかするとマグは実力のある魔法使いだったのかもしれない。並大抵でないことはビアフランカの話から伺えた。


「マグ先生は、それはお上手だったんですよ。≪記録≫の魔法を自身で扱うことも、生徒たちに教えることも……」


 一瞬、古い友人の力に陶酔するような物言いになるビアフランカ。生徒達とは別の立場ではあるが、彼女にとってのマグもまた特別な存在だったのだろう。

 俺を見ている目がまた少しだけ寂しげに細められた。


「≪記録≫は最も一般的で幅広く扱われる魔法です。素質が無い者も、勉学と修行によって習得出来るようになります」


「それを魔法学校では教えているんですね」


「ええ」


 二人で頷きあってページをめくると、次の項目の説明を始める。


「さて。≪記録≫以外の魔法のお話もしておきましょうか」


 常に糸目でいるビアフランカの表情の変化が俺にも細かく解るようになってきた今なら、彼女の目付きが鋭くなるのも感じることができる。


「≪空想≫は非常に取り扱いの難しい魔法です。≪記録≫のように努力によって誰もが扱えるものではなく、才能を持って生まれてくる必要があります」


 前置きの後の言葉は少し声音が低く、先ほどマグや自分のことを話していたときのような温かな空気は徐々に薄れていった。


「≪空想≫の魔法が扱える者は、書物の呪文を覚えたり杖や道具を振るう動作などの一切を行いません。彼らは経験や知識ではなく、その時々の発想や感情を直接魔法にして発現させることができるのです」


「それは、つまり……」


「学校の入り口に集まっていたホロプランターを覚えていますか?」


 ホロプランター。スーが呼ぶことには「ほこりちゃん」。暗がりにふわふわと発光する愛らしく儚い精霊だった。


「確かに彼らは知識を蓄えているとは思えませんね。じゃあ、≪空想≫の魔法っていうのはああいう小さくて力の弱い精霊が使うものなんですか?」


「そうであれば何も問題は無かったのですが……」


 俺の返事を聞いて、残念そうにビアフランカは続ける。


「≪空想≫を扱える人間も僅かながら存在します。彼らの場合は『死んでしまえ』と強く思って相手が亡くなる様子を浮かべ、怒りや恨みの感情を高めてぶつければイメージだけで生き物を殺めることも出来るのです」


 ぱっとしないでいる俺の頭から額へ。

 気付かないうちに滑らせた手をビアフランカは拳銃に見立てて当て、


「恐ろしいでしょう? こんな具合に」


 そう言って人差し指を引き、撃ち放った。







 

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