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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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39 平和になった世界のこと

***



 朝食のあと三時間近く続いたビアフランカの授業のお陰で、俺にもこの世界の事が段々解ってきた。


 まず基盤となるこの世界・ミレニアローグについてだが、世界と呼ぶよりも幾つかの大陸の集まりの総称とした方が解りやすい。

 この世界は余程狭く出来ているのか、国という概念はあるものの、聞いたところでは国境が曖昧で印象に薄い。国を語るよりまず、複数の大陸の全てを一つの世界としている方を語るのが先らしい。

 地図を広げて見ると、まず王都と呼ばれる場所が世界の丁度中心にあることが解った。

 文字通り国王が治める都がある場所だ。


 自分達が今立っている土地はその王都から真っ直ぐに伸び海上を渡した橋の先、港の街・ファレル。

 この街は円に近いような形をしており、港で船の乗り入れが盛んな様子を見たように、王都へ続く玄関口になっている。

 橋の反対側には森があり、地図で見ればかなり大きな島のようにも見えた。

 

 海で隔たれた先には各地域が別の大陸や島として幾つか存在し、その中にファレルと同じように街や村が存在する。

 規模は様々だが、机の上一杯の古ぼけた地図を指しながら一つ一つビアフランカが説明してくれた。


 次に、ミレニアローグの風土や治安について。

 スーからも簡単に聞いてはいたのだが、この世界が数年前まで悪の魔王によって脅かされていたのは本当らしい。

 そして、その魔王を討伐し世に平和を取り戻したのが俺の体の本来の持ち主であるマグとその仲間たち。


 実際にはマグ達だけが中心になっていたというわけではなく、魔王討伐には王国騎士団・枢軸ーーーーーーバテンカイトスと呼ばれるところに所属する騎士達があり、王都から離れた場所にある機械都市の研究者や兵器があり、十字蛇竜治癒団と書いてリントヴルムと読むらしい医師たちがあり、その他魔法使いの連合のようなものもあった。


 つまり、マグ一人が何だか凄い魔法で魔王を倒したということではなく、大きな戦いの中で彼は彼なりの活躍をして亡くなったというのが正しいらしい。


 スーの言い方は大袈裟だとは思っていたが、街で有名人扱いされて握手を求められたりしなかったのはそういう理由だったのだ。


 少し期待が外れてしまったな。とは思ったけれど、生徒たちにとってはそれでもマグ先生は特別だっだと思う。そう思う彼女らの気持ちも解らなくないし、忘れてはいけない。

 マグは唯一の英雄ではなかったが、学校の皆や彼をよく知る人からすれば立派な英雄だったのだから。


 今、世界の治安はそれほど悪くない。

 路地裏にスーが連れ込まれたことを思い出したら首を傾げてしまうのだが、街で助けてくれたようにファレルには銀蜂隊(アンバーマーク)の騎士達が駐屯している。

 他の地域にも同じように騎士が派遣されたり、自警団が各々で大戦の後を静めてくれているそうだ。


 討伐の面子にもあった、十字蛇竜治癒団(リントヴルム)という医療団体は各地で負傷者や被害の痕を巡り活動し、多くの人々を救い支えているらしい。

 お陰で、復興も良い段階まで進んでいるとのこと。


「……何て言うか、この世界って思ってたより平和なんだな」


「平和が一番ですよ。マグ先生」


 ノートに要所を書き留めながら、少し遅めの昼食を口にする。ビアフランカが用意してくれた小さなサンドウィッチを食べながら俺が呟くと、たしなめるように言い彼女は資料の上に新しい資料を置いた。


 世界情勢を聞いても、世界の仕組みを聞いても、マグの事実を知っても。

 異世界に来て何をすべきかはわからない。

 何のためにマグの体を借りて蘇り、この世界にやって来たのかはまだ少しも掴めていない。


「休憩が終わりましたら、次は私達が生徒に教える魔法のお話をしましょうか」


 ビアフランカは俺の不安を知ってか知らないでか、次々に新しい情報を教えてくれる。今は俺もそれを吸収することでいっぱいになり、不安に思う隙を与えずにいてくれる彼女には感謝しかない。

 温くなったハーブティーでパンを流し込み、俺も彼女を見て居直った。


「それではまず、この世界における魔法の種類について……そちらの教科書の最初のページを開けて頂けますか?」


 ビアフランカに従い、厚い木製のカバーがついた一冊をテーブルで開く。


「≪記録≫と、≪空想≫と、≪治癒≫……大きくわけて三つ」


「そうです。その中で私たちが皆に教えているのは≪記録≫の魔法。学ぶことによって知識を蓄え、使うことによって精度を高め、己を磨いて技にしてゆく……人の成長に寄り添う魔法です」


 明るい声で話を進めるビアフランカ。

 先ほどから小休憩を挟みつつ講義の時間が続いているが、彼女はずっと楽しそうに俺に教えてくれている。

 教師という職業を心から愛しているのだろう。そんな風に感じるくらいに。


「イメージ出来ますか? 年老いた魔法使い……そう、ちょうどおとぎ話に出てくるような魔法使いはお爺さんやお婆さんの姿をしていますでしょう?」


「言われてみれば……そうですね」


「彼らは多くの時間をかけて≪記録≫を重ねていき、強い魔法が使えるようになった魔法使いの姿というわけです」


「≪記録≫の魔法は年月に比例して強くなるんですか?」


「ええ。それがわかりやすい例えになりますでしょう」


 不思議なことにビアフランカから渡されたどんなに古びた教科書も俺には読むことができた。

 もっともらしい書物たちは皆、横文字で書かれていると思っていたが、何故か日本語で記されている。内容がすぐに理解できるのはよかったが、ちょっと不審な気もする。

 異世界への案内係がいないことに以前不満を感じたけれど、今になってその役を手元の書物たちとビアフランカが担ってくれている。

 ゲームならばとても遅いチュートリアルを受けているような気分だ。


「ですが、≪記録≫は年齢や勉強の量で強くなるだけではありませんよ」


 目の前にいる彼女の頭上や下方に吹き出しはついていないな。と、ビアフランカの体を眺めて思っていると、


「それは貴方もその体で、よくご存知のはずです。マグ先生」


 急にぐいと目の前に迫り、彼女は微笑んだ。

 大きな胸がテーブルに乗せられクロスの上を滑る。閉じた瞼の向こう側で目も優しげに笑っているようだ。


「俺の……いや、マグの体が? 何か……」


「ストランジェットが話してくれました。貴方はあの子達を助けるために、街で魔法を使ったそうですね。その時に何か感じませんでしたか?」


 ビアフランカの問いに俺は右腕を差し出して思い出す。

 路地裏で必死になって放った光の爆発のこと。あの時、この腕に巻き付くように現れた緑の光の帯。その上に走る無数の文字。知らない呪文。思い出そうとしたらいつもは痛くなって邪魔をする頭があの時だけは冴えていた。切り抜けるために選んだ魔法。発動のきっかけは、スーとアプスを助けたいと願ったこと。


「全然解らなかったんですけど、魔法を使わなくちゃって思ったら……この手から光が溢れて、色々な言葉が飛び回っている中で一つを選んだんです」


 あの時、したように指を折り曲げながら答えると、ビアフランカは頷いて俺の手をとった。


「それはマグ先生の得意な≪記録≫の魔法です」


 彼女は少し声を潜め、俺の手を開かせると細指を絡めながら言った。懐かしそうに指の間を通して手を優しく撫でてくる。


「貴方が見た光や言葉はマグ先生の魔法辞典(スペルリスト)。彼は亡くなる前に自分の頭の中の≪記録≫を、自身の体に刻んで残したのでしょう」


 気が付けば心なしか頬が赤みと熱を帯びて緩んでいる。ビアフランカのその声には感心や憧れが混ざっていた。






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