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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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38 おあずけ


「はみゅっ! ま、間に合った……!」


 成人男性一人を難なく抱えられるほどの腕力、筋力、そして体力。

 まだまだ可愛らしい服を着ることは諦めていないが、騎士としての務めがいつもそれを邪魔をする。悔しいが彼女はこの怪力で部隊の三位を任されているのだから、本人も承知の上。


「ったく、お前詠唱を止めるときは……」


 剣から手を離しフィーブルの固めた両腕を台にして着地したジンガは、後方で竜を眺め一人耽っている様子のイレクトリアに詰め寄った。

 足元で消炭になった童話集の一冊だったものを踏みつけ、一息文句を吐きかけようとしたがイレクトリアを見て一度黙る。


「『月の光をたっぷり浴びた小さな石を目印に置いていこう。きっとこれで僕らは家へ帰れるはずさ』……」


 彼は今、ジンガと紡いでいたおとぎ話とはまた別の物語を唱えていた。台詞の最後に、竜の首に刺さったままの剣を目掛けて片手を突き出し、そのまま軽く指を鳴らす。剣の刃は破片となって四散した。


 つい先程まで男の体重を支えていた剣がまるで薄いクラッカーのようにパキンと割れてしまうと、イレクトリアの冷めた表情が続く。


 折った剣は仮にも彼が腰に携えていた装品だったはずだが、躊躇いどころかまるで最初から興味が無かったような顔でいる様子に、


「イレクトリア!」


 ジンガが怒号と共に彼の気を引き戻す。利き腕が生えていたら胸ぐらを掴んでいただろう叱り声で名を呼べば、呼ばれた方の彼も濁らせた黄色い目のまま、


「……追跡用の簡単なまじないですよ。剣の破片が体内に残れば目印になります」


 冷淡を張り付けた仮面のような面で答えた。

 普段の作り笑顔ですらないイレクトリアに得も言われぬ寒気を感じながらも、ジンガは普段通りの彼らしいしまりのつかない悪い顔で言い返す。


「お前の≪空想≫は効きすぎんだ。本がねぇときは無闇に使うな」


 剣を敵から引き抜くにしてもあのまま呪文を重ね続けるにしても、イレクトリアにとってはそれは半端な選択だった。

 感情が高ぶっている時ほど血の通っていないような顔をする部下をジンガは誰よりも理解していた。

 自分の無い腕に埋め込んだ魔力増強のための器具と、イレクトリアの物語集は端から見れば同じような仕組みに見えるかもしれない。だが、彼らにとってはそうではない。

 強い魔法を扱う部下を恐れているといえばそれは一部分だけを見ればそうとも言える。それだけではないことをよく知る者だからこそ彼の上官として前に立っている。


「余計なこと起こさねぇように俺がいるんだ。指示無しに動くなクソバカ。テメェの隊長様は俺様だ」


 力の加減をするための装備を失くしたイレクトリアの片手を制してジンガが前を過ぎ、再び敵を見据える。


「すみません。隊長」


 謝りはするが心ここにあらずといった顔のイレクトリア。

 詫びれる素振りに無縁でいる副隊長が時々何を考えているか近くのフィーブルには解らず、妙な気迫を背負ったジンガに頼るような眼差しを送るしかない。


「ふ、副隊長、本って……それ……」


「はは。面目ないです」


 一つ遅れて焼けあとだけを残した本に気付く。


「でも、隊長の相手をしながら私に対抗呪文を使ってくる相手なんて久しぶりですね。ねぇ、フィーブルさん」


「えっ。は、はい……」


 イレクトリアからのその返答は隊長に負けないほどの妙な気迫を潜めていた。フィーブルは少しでも彼の心配をしたことをまた悔やむ。

 目が死んでいるのに饒舌。そんなときの副隊長は耐え難いほど怖い。話しかけてしまったのは自分の方だけれど、どうか今は私の名前を呼ばないで。と、呼ばれた後に心で祈る。


(そ、そりゃあ昨晩はたまには本気の隊長たちが見たい~って星に願いもしましたけど展開が早すぎますよ……。下手をすればまたあの時みたいになっちゃいますし……そんなこと……)


 強敵を前に張り切る上司へ、今までの悩みとはまた別の方向で悩みが募っていき、眩暈を感じるような気持ちでいる目前。

 草木を巻き上げ、再び強い風が吹く。竜が羽撃いたのだ。


「お、追わないんですか……?!」


「バカ牛。テメェ一人でどうにか出来るなら追っかけてこい」


「そんな無茶なぁ……!」


 日の光を反射するように光る爪を曲げ、白銀のきらめきを散らす姿は魔物ながらも見惚れるほど気高く美しい。

 体躯を支える四肢が重力に逆らって浮かび上がれば、息をつく人の呼吸を塞ぐ強風を起こす翼の一撃ち。

 フィーブルは圧倒されながら身構えていたが、白き竜はそれ以上騎士たちに襲い掛かるようなことはなく、彼女の慌てた声やジンガの舌打ちを耳に掠めることもなく飛び去っていった。


 竜を取り逃がしてからもフィーブル以外の二人は冷静だった。

 ジンガは火を点けて煙を吸い、本も剣も失って手持無沙汰になったイレクトリアも彼から一本煙草を分けて貰う。


「……それでどうだ。今のやつの所在は解るのかよ」


「解るわけないじゃないですか。隊長が途中で私に追跡魔術トラッキングを辞めろといったんですよ」


 先に話を切り出したのは吸い殻の噛み潰す姿さえ浮かぶほど紙煙草の似合う隊長。小綺麗で喫煙とは無縁そうな副隊長は問いに対して細い煙を吹く。


「隊長がやつの目玉にでもぶっ刺してくださってれば今頃は視界でも何でも奪い放題だったんですが」


 口の中が煙で汚れれば言葉が汚くなるというわけではない。竜の追跡に魔法を使うことを止められた不満から優男も口調を崩した。


「今しがた剣の破片が摘出されてしまったようですので、中途半端ではありますが肉体を通して入ってきた情報を共用しましょう」


「ああ。だったら‟ウチの部隊全員に”だ。おい、フィー」


 イレクトリアの提案の直後にジンガも口から煙草を離し、男二人の会話を黙って聞いていたフィーブルをまたも雑用で呼びつける。


「先に街戻ってうちの蜂ども集めてこい」


 隊長の言っている意味や今置かれている状況については頭では十分理解しているフィーブルでも、脳に栄養が行かない事態は回避したかった。

 竜の出現によってすっかり忘れていたがお腹の音はさっきから鳴りっぱなしで限界を訴えている。

 この状態のままで港街を巡り歩いて銀蜂の部隊員をかき集めて来いというのはあまりに酷だ。


「あ、あの、隊長? お昼ご飯はそのぉ……」


「それが済んだら行っていいぞ」


「そんなぁ~、そんなことしてたら日が暮れちゃいますよぉ……」


 こちらを見向きもせずに二本目の煙草に火を点すジンガと、それに倣って自分も二本目を要求しているイレクトリア。


 男たち二人の胃袋は煙草の火と同時に静かに燃やす野心の前に空腹も過去のことと忘れ去ってしまったのだろうか。彼らのように煙や情熱で腹が満たせるならそんなに羨ましいことはない。

 腹が減っては戦は出来ぬという遠い先人が口にしたであろう言葉を噛み砕き踵を返す。


「うう……これだからうちの男達はぁ……」


 フィーブルの涙ながらの訴えは空しく虚空に溶ける。

 空腹の虫だけは今もまだ煩くこだましていた。


 


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