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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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37 同時詠唱



「たまには骨のある奴と()り合いもんだぜ…」


「虫は外骨格ですからね」


「副隊長……今のはそーゆー意味じゃないと思いますよぉ……」


 暴れ足りないジンガが不満を漏らし、イレクトリアも適当に言う。付き添ってきたフィーブルは二人の顔を交互に見て溜め息をついた。

 ジンガが光の腕で宙を掻くと、科学的な輝きをしていたそれは粒子になり泡が水上に向かうようにして大気中に消えた。

 彼が自分の武装を外したのを見て、フィーブルも武器を下ろし汗を拭く。


「はぁ。任務完了ですねぇ。では、街に戻ってお昼ごはんにしましょっかー」


 お腹の音が鳴らないように手で押さえてみても、彼女の大きな体から腹ペコ虫の鳴き声は我慢できずに響いた。

 港街は漁業も盛んなので、昼時の今頃は朝に水揚げされた新鮮な魚介類を扱う料理屋が挙ってランチタイムメニューを提供してくれる。


 フィーブルお気に入りの魚料理は定食屋で食べられる揚げたてサクサクの鯵フライ。隊長は炙ったイカを酒の肴にするのが大好きで、副隊長はよく他人のお金でお寿司を食べている。

 美味しいご飯のことを思いながらお腹の虫がまた鳴いたところで、


「……いや。それにはまだはえーよ」


「ええ? す、少し早いくらい良くないですか……早めに行った方がランチのお店、混まずに入れますし……」


 銀色の懐中時計を軽く振り、数字を見る隊長の言葉にフィーブルは現実に引き戻された。腹の虫もお預けの合図に黙りこむ。


 彼女のお腹の音は静かになったが、森の木々は突如として慌ただしく騒ぎ始めた。

 何事かはまだ知れないが、戦っている最中も黙って傍観しているだけだった野性動物達が各々の声で叫び出したのだ。

 まるで見世物小屋かサーカスのテントが壊れて逃げ出すときのように、森の生き物たちは獣も鳥も皆けたたましく喚き混乱が渦巻き始めている。


「えっ? い、一体何が……」


 草の影に飛び込んで必死に逃げ惑う兎の親子に、弾丸のように空へ上がり羽ばたいていく鳥の群れ。

 異様な空気を不審に思いフィーブルが鳥の影を目で追っていると、空遠くに離れれば小さくなるはずの影が急に、彼女の周囲に拡がった。


「おい! フィー!」


「わ……っ?! うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」


 飛び上がるようにして地面を蹴り、敵の一撃を間一髪で避ける。地面が爪痕で抉りとられた場所を見て、戦慄した。


「ひ、ひえぇ……」


「これはまた大物ですね……」


 震え上がり今にも漏らしそうな表情の部下とは逆に、上司二人は心で舌舐めずりをした。

 戦いに身を置くことに生き甲斐を見出だしてきた隊長達が、三度の飯よりも好きなもの。それは、今一行の目の前で立ち上がる強敵。

 その表情と敵を見比べ、何度目かの悲鳴を圧し殺してフィーブルが指す先にいたのは、


 木々を裂き、咆哮を挙げ迫る強大な竜。


 蟷螂の魔物とは到底比較するような物ではない重量の災いの化身が突風と共に森へ降り立った。

 身の丈は牛女を軽く越え、白銀の翼と尾までを数えて10メートル前後。

 神秘的な体色だが、黒い水晶が内側から鱗を突き破るように生えており腹部を覆っている。竜は剥き出した牙を鈍く光らせ、鋭い目に殺意を携え三人を睨み付けていた。


「あ、あわわわ……」


「そうだよ。そうこなくっちゃあな!」


 待っていたとばかりに先に走り出したのは、切り込みたがりの隊長。フィーブルを押し退け竜の前に踊るように出た。

 自慢の拳を一撃食らわせようとするが、そう簡単にはいかず、敵の体に触れる前に翼の一薙ぎで払われてしまう。


 竜の強靭な翼から放たれる突風が枝や小石を巻き上げて彼に打ち付けられ、小さな傷を無数につけながら押し戻されるジンガ。

 だが彼は益々楽しそうに声高く笑うのだった。


「剣貸せ! イレクトリア! フィー! お前は戦わねぇならさがってな!」


 冷静に本を開くイレクトリアにジンガが手を振って合図をすると、イレクトリアは腰の剣を鞘ごと彼に投げ渡した。

 剣を受け取ったジンガは後退りするフィーブルの背を軽く叩き、再び敵に向かって走り出す。

 駆け出して数歩彼は芝居掛かった口調で、


「『よぉ。魔術師。お前一体何処にいってやがった? 肝心な時にいなくなりやがって』」


 ただし自分の普段の言葉使いで、イレクトリアと交互に話を始めるよう促す。すかさずイレクトリアも本をなぞりながら彼に合わせ、


「『いいや、私は君の未来を見てきたのさ』」


と、物語の登場人物に成りきって話の続きを紡ぐ。

 先ほど蟷螂の敵を相手する際と同じ方法で魔法の詠唱を始めたのだ。

 ただし、今回は自分だけではなく隊長が先に朗読を招き、イレクトリアもそれに合わせて返している二人の魔力を共有化するもの。


 前線の隊長が握っている武器を聖なる王剣に見立て、魔法によって最大限の活躍を期待するための。いうなれば同じ強化対象に向けて二人分の力を注ぎ込む呪文だ。

 王を導く賢者役を演じるイレクトリアの返した台詞の後すぐに本の文字が光りだし、おとぎ話の王役を担うジンガが預かった剣も同時に鞘の中で輝きだした。


「『君がその岩から見事に剣を抜き、世を統べる王となる未来をね』……隊長!」


 本と剣がそれぞれの手元で一層強く輝いた瞬間、ジンガは剣を勢いよく引抜き竜の長首目掛けて飛び込む。


「もらうぜ!」


 白銀の鱗をしなやかにうねらせ待ち構える竜の頭を蹴り上げる跳躍。光の刃の軌道を残し、竜の喉へ突き刺すと、魔物の悲鳴と共に血飛沫が舞い乱れた。

 確かな手応えを感じ、柄を握ったまま竜の首に張り付けば、


「もっと魔力を送れ! このまま首跳ねてやる!」


 ジンガの指示にイレクトリアも黙って本に手をつける。

 更に物語の続きを口頭に出すことで彼へ自身の魔力を送り出す魔法を唱えるべくページを開け、楽器を弾くように文字をなぞる。

 

「『王よ、貴方はこれより長き幸運の旅路を』……? これは……」


 が、その詠唱は突然打ち止められ、彼の前に光が発現する一瞬を見せることなく遮断した。

 手を止めれば、彼が読んでいたページが隅から灰と化していく。

 そうさせている術を彼は知っていた。


「隊長、駄目です! すぐに退避を!」


 イレクトリアの魔法は本の力を借りるものではない。だが、彼が意識を集中させ安定して≪空想≫を広げる為に書物は必要な備品であった。

 それを使わなければ彼の魔法は自分の手で制御することが敵わず、意識と別に放たれることになり周囲に危険が及ぶ可能性がある。


 それを考慮した上で、彼は自分の魔術媒体は本だという自己暗示を掛け、媒体に支障が出た場合はすぐに魔法の扱いを取り止めるように訓練していたのだった。

 何とも面倒な話だが、彼が騎士でいる為に自身と国との取り決めでもある以上は体が無視できない。


 血の滾る限り大腕を振るうのは無鉄砲な隊長の役目。その補佐として立ち回ることを行うのが副隊長である者の役目だとすれば、必要なのは無茶な攻めよりも冷静な対応。

 イレクトリアは悔し紛れに、魔術に赴いた空想の回路を頭から切り離した。


 ノーという合図と共に、手にしていた本が地面に落ちると、瞬く間に童話集は焼け粉を打ち上げる。

 近接で傷を負いながら、距離を保ったままで魔法の詠唱を妨害し本を焼いたのは竜なのか。それとも何処かに敵を支援する者がいるのだろうか。


(どちらでも面白い敵ではあるのですが、今はそう言っていられませんね)


 何処までも冷静に戦況を見、興奮したい気持ちを抑えるイレクトリアを背中に見ながら、


「はぁ?! 良いとこだったのに! 途中だぞクソ!」


「た、隊長っ!」


 ジンガが怒りに声を上げれば、詠唱は絶たれ剣が纏っていた光が急に弱くなる。そのうちに剣は竜の首の筋肉に押し戻され、彼一人の重みを直に感じ始めたように曲がりキシキシと軋み出した。

 一刺の勢いを失い、地上に降りることを余儀なくされたジンガは竜の喉下を掠めて跳び降り、彼を受け止めにフィーブルが走る。








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