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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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36 魔物退治

***



 ファレルの港街から一路、王都と逆に位置する大陸側の森の抜け径。

 馬車が地方へ向かうために開かれたその場所に、魔王なき今も魔物が現れるので退治をしてほしい。そういった外商達からの依頼をこなすのも、街の守手たる銀蜂隊の仕事であった。


「あぁ……、うんと……二時の方向から多分……数匹、ですね……」


「んだよ。はっきりしねぇな。ノルマは一人何匹だ?」


「ええっと……2、3匹ずつくらいでしょうかぁ……?」


 森の径には単眼鏡を目に当てながら尻尾を振る牛娘と、彼女のすぐ後ろで紙煙草の狼煙を細くあげている男。

 そしてもう一人、敵の襲来を道の先に見て身構える二人の奥で、木にもたれ掛かりながら悠長に本を開く男がいた。


「主を失くして彷徨い歩く。いつみても哀れなものですね」


「惨めだとか哀れだとか、そんな感情雑魚共が持ってるわきゃねぇだろ」


 詩人のような口振りで静かな佇まいのイレクトリアは、独り言のように呟き書物の横行を指でなぞった。彼が見向きもしない前方では、既に化け物を待ち構えるジンガが首を鳴らし大股を開いて立ち、フィーブルも横について臨戦態勢でいる。


 羽音を騒がせながら現れた敵は数体。

 いずれも同じ形の鎌を携えた緑の巨大な昆虫で、森の色によく溶け素早く飛び回る。街人から荷馬車を強襲し木片にして馬を食らう獰猛な化物だと聞いていた魔物は、肥大化した蟷螂の群れだった。


「へぇ。こいつは食うとこねぇな」


「えっ、魔物、たたっ、倒したら食べるつもりだったんですか?! 隊長?!」


 冗談を言って紙巻を咥え直し、左手を空に翳すジンガの太い指の間に赤い蛍光色の光が硝子の破片のように現れる。

 フィーブルが武器の棍棒を構え、彼のジョークと魔物の一振りを一度に受け止めながら声を上げると、ジンガは尖った光の破片を相手に飛ばして攻撃する

――――――のではなく、


「行くぞクソども!」


 自分の右肩に突き刺した。


 叫びと共にそれを肩に押込み歯を食い縛れば、赤い光の破片は針のように尖った先から徐々に彼の体へと沈みこんでゆく。

 その四本全てがジンガの肩を貫くことなく飲み込まれると、今まで存在していなかった彼の右腕が異形となって形成された。

 赤い粒子を纏った光の爪は目前の蟷螂共の鎌よりも大きく、およそ人の物というよりも機械的な図形化された発光体である。


 過去に利き腕を失ったジンガが隊長の座を明け渡す日が未だやってこないのは、彼の闘争心が求めた自己改造があってこそであった。

 彼はあの日、千切れた自分の片腕を戦地に置き去り代わりに機械技術による腕の装着を余儀なくされ、それを受け入れたはずであったのだ、が。


「チンタラやってんなよ! トロ牛!」


 そのあまりに荒々しい戦い方は、案の定彼の右腕に付けられた精密な機器には合わなかった。

 その身を以て魔物を嬲り、脇目も振らずに薙ぎ倒す。勇ましく雄々しい戦いぶりは見るものを魅力し騎士達の士気を高めてこそいたが、機械の右腕は重度の負荷に耐えられず幾度も破損を繰り返した。

 暴力男に繊細な発明を壊されてしまう度、技術者は嘆き、とうとう彼から機械の腕を取り外す決意にまで至った。


 そうしてジンガは機械の腕を着けて暮らすのはやめ、自分の肩の筋肉へ直接埋め込んだ魔力増幅器により戦いに適した大腕を再現して振り回しているのである。


「た、隊長っ! 早いですってばー!」


「テメェがおせぇんだよバーカ!」


 切り裂く事に重きを置いた光の右腕。その切先が敵の甲殻を衝いて止め、大男は有り余る威勢で距離を一気に詰めて突き破る。

 折れることも止まることもない光の刃は、機械の腕よりもずっとジンガの体と相性が良かった。本来の腕が付いていた頃よりも機敏になったんじゃないか。などと、時折本人が思うほどに。


 虫の胸が破裂し緑の血が降りかかり悲鳴を挙げるフィーブルに一喝し、彼は次なる獲物を追う。


「ええーいままよですっ! わ、私だってノルマくらいはやってやる!」


 人の身の丈以上ある巨大蟷螂達の中心に意気揚々と駆け込むジンガに続き、フィーブルも武器を担いで敵を引き付けながら、後方へ声を掛ける。


「隊長! 前出過ぎですって! ふ、副隊長! 詠唱はまだ出来そうにないですか?!」


 本の中の物語に夢中になっていて、二人が戦っていることに今気付いたというようにイレクトリアが顔を上げた。

 この優男、相当に鈍感なのか。それとも無神経か。自分の世界に入ると周りが見えなくなる性格にしろ、金属が擦れ血飛沫の舞う戦場を今までよく無視出来たものだ。


「そうですね、決めました。お二人とも、時間稼ぎありがとうございます」


 しかし、その集中力こそが能力であり彼の戦いの諸策に直結しているのを連れの二人は知っていた。よく知る部隊の仲間だからこそそのままにしておいたのだ。


「……『蝶の夢は美しい花と共に末永く暮らすこと』」


 フィーブルに一言、返事をしたイレクトリアがゆっくりと口上を言い始める。

 それは物語の語り部を模した緩やかで流れるような口調を以て、


「『けれども優柔不断な蝶は、いつまでたっても花を選べず。季節を過ごして老いてゆき』」


 続く朗読に呼ばれて応えるように、彼の持つ本の上で文字が浮き立ち光り出す。


「『疲れた蝶は羽休め。立ち寄った人間の住み処で捕らわれて、その生涯に幕を引く』……今日は、このお話です」


 本の中の童話の一編を選び、その物語を自分の一息に乗せて語りきる。これがこの男の魔法の発動条件であり、腰に提げた剣よりも得意とする一挙殲滅の儀。

 イレクトリアの話が終わり、彼が本を閉じ改めて敵を見れば、


「はひぃーっ?!」


「ああ、すみません。うっかり」


 無の空間を覆うように現れた網目状の光が、敵の頭上に弧を描いて降り注ぐ。虫取網を模したものにしては広大で、魔物を捕らえることが目的ではなさそうな魔法は、網というより格子か焼けた星を思わせる形状をしていた。


 間一髪のところでフィーブルがそれを避けて飛び上がると、宙に投げられた光の投網は地に着いて消えると同時に掛かった蟷螂達を引き裂いた。

 無惨な断末魔と緑の体液を散らせながら魔物が細切れになる様から視線を外し、イレクトリアは月色の瞳を輝かせて悪戯に頬笑む。


「フィーブルさんに急かされましたのでね」


「私のせいですか!? いやいやいや! ちゃんと自分が撃った魔法は前見て最後まで制御してくださいよ! 今の、私までミンチになるとこでしたからね?!」


「イレクトリアぁ……テメェ、気ぃ使って俺の分くらい残しとけや……」


 先で格闘を繰り広げていたジンガは、散り散りになって溶けている死骸の中で痰を吐いた。

 彼は無傷だったが頭頂に魔物の血を浴びて不機嫌でいた。イレクトリアの魔法が発動したのを背中で聞き、自慢の右腕で網状の光を受け止め打ち消しはした。したのだが、敵を突き飛ばす隙を逃した為に服や顔に生温い液体が飛び付着してしまった。


 不機嫌の理由がそれだと思うのは浅はかだということは、彼をよく知るフィーブルにはわかっていた。

 先陣を切って敵の臓腑を突き破ることに狂喜を見出だし楽しんでいたジンガがイレクトリアを睨んだのは、自分が魔法を被弾しかけたことや、服が汚れてしまったことではなく、彼の敵を副隊長に横取られたのが理由である。


 生きた心地がしないのは、会議に送って喋らせても、森で魔物と戦わせても変わらないな。と、フィーブルは心底思った。


「それはすみません。隊長」


「おうおう、ご苦労様サマだぜ。クソクソ副隊長」


 全く詫びる心など感じさせない無関心男の返事に、ジンガは大人げなく噛みつくようなことはしない。その代わりに呆れた声で言い、自分の副官の胸を軽く叩くのが普段の合図だった。

 隊長はさりげなく浴びた体液を副隊長の制服に擦り付けているようにも見えたが、それは言わないでおこう。と、傍にいたフィーブルも一息ついた。





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