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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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33 みんなで朝ごはん


 濡らしてびしゃびしゃになった前髪を上げるスーにタオルを渡す。

 水道の蛇口をきつくしながら顔を拭く彼女は女性と呼ぶにはまだまだ幼げで、少女と呼ぶには少し大きく動物的過ぎるな。などと思いながら、俺も隣で冷たい水を受けた手のひらを揉んだ。


「ふいー。それじゃあご飯いこ。先生」


「うん」


 スーのまだぺしゃんとして張り付いたままの髪をおでこからそっと指で離してやるとにっこり笑って楽しそうに、彼女が冷えた俺の手を引いた。


 二人で食堂までの廊下を歩く。

 洋風な作りの白い壁と赤い絨毯がいつまでも続くような長い廊下は、学校というより西洋の屋敷のようだった。

 思えば先ほどまで寝ていた部屋も、ホテルの一室のような雰囲気を持っていた。夢と目覚めを覗けば、寝ている間はすごく居心地が良かった気がする。

 拾った財布は埃をかぶってはいたが、お日様をたっぷり浴びた柔らかい布団から黴臭い臭いはしなかったし、床や棚の上は磨かれ整頓されていた。


 マグの居ない間も誰かが掃除をしていてくれたのだろう。そう思うと、俺の宿主は亡くなっても忘れられずに学校でも愛されていたんだな、と改めて実感する。


「なぁ、スー。アプスはどんな子なんだ?」


「あっくん? あっくんはいつもあんな感じだよ。すごい真面目で冗談にも笑ってくんないの」


 歩きながら俺は、スーにアプスのことを聞くことにした。

 昨日半日近く一緒にいたけれど彼のことをまだよく知らないし、朝の様子だと弾むような会話はまだ見込めそうにないので、「あっくん」とあだ名をつけて呼んでいる彼女からまずは情報を貰おう。


「彼、路地裏にスーが連れ込まれたときに真っ先に君を助けようとしてたんだ。でも、剣を抜いたことがないって言ってて……」

「ああ、そうだった。先生忘れちゃったんだっけ」


 路地裏での俺に縋るような表情のアプスと、彼に起きた出来事を思い出し尋ねると、


「あっくんて、おっきな剣背負ってるでしょ? あっくんはあの剣が……」


 小さく考えるように指を口にあてスーが話始めたその直後、


「おい!! 歩くのが遅いぞ貴様ら!」


 前からの大きな声に話を遮られた。

 俺たちが前を見ればいつの間にか廊下は終わり、食堂の入り口についていたらしい。

 左右どちらも開いた両開きの扉の向こう側に、不満そうに耳を揺らし、椅子の背中を軋ませふんぞり返る声の主がいた。

 横暴な態度で俺達を呼んだ大きな猫耳男に近付くと、その両隣にいた二人の少女が彼を順番にたしなめる。


「ちょっと、やめなさいよ」


「ディルバーさん、おおきいこえだめ、です……」


「フン……」


 二人の言葉にも眉を吊り上げたまま一人騒ぐ猫耳の生えた男は、駄々っ子の仕種でフォークを掴みテーブルをつつき始める。

 まるで幼児のような行動に不相応な切れ長の目と視線が合うと、俺を睨んだ。


 彼の隣で紅い髪が印象に残っていた昨晩の少女……コズエが溜め息をつく。

 その落胆息気に、その男が昨晩名前を聞いた覚えがぼんやりとある……ディルバーという使い魔だと気付くのにそう時間はかからなかった。


「オレは腹ペコで死にそうなのだ! さっさと席につかんと貴様らをディナーにしてしまうぞ!」


「ディルバー、落ち着きなさい。今からブレックファストだから」


「ディナーまでには、まだいっぱいじかんがありますです……」


「どちらでも構わん。今のオレはディナーだろうがブレックなんちゃらだろうがペロリだからな!」


 意味がわかっていようがいまいが、関係ないらしい。

 覚えたての言葉を放り投げるだけ投げて拾いに行けないディルバーに、コズエは呆れてそれ以上続けなかった。

 フィッシュオアミートがポークオアミートになっても気が付かないであろう。ディルバーの頭は成人男性の背丈や顔に比例しておらず、あまり良くはないらしい。


 コズエの隣で考え浅く喚くディルバーに、先程から逆隣でおどおどしていた幼い女の子が俺に気付いて動揺したような顔になる。

 彼女は、飼い主から食器を取り上げられて不貞腐れているディルバーを背景にして、椅子の上から跳ぶように降り、俺とスーの間に駆け寄ってきた。


「せんせ……? ほんとうに、せんせですか……?」


 側に来た彼女はコズエやアプス、さらにはスーよりもずっと幼い。十歳にも満たないくらいだろうか。澄んだ汚れのない大きな青い目でじっと俺を見つめ、目と眉の中間辺りで切り揃えた薄緑の前髪を揺らして首を傾げる。柔らかそうな頬をほんのりピンクに染めて。


「おはよう。ええと、君は……」


「せーちゃん、おはよ」


 挨拶をする俺に合わせ、スーも横で彼女の目の高さに顔がくるように屈んだ。


「えへへ、びっくりした? マグ先生はなんと、長い戦いのすえボクらのところに帰ってきてくれたのです」


 自慢気な語り口調で俺を手のひらで指して紹介すると、前髪の下で少し不審がっていた少女の表情が花を咲かせたようにパッと明るいものに変わった。


「おはよ……おはようです、せんせ……」


 元々の性格がおとなしいのだろう彼女は、健気で小さな手を伸ばし俺の体を控えめに触って挨拶した。


「うん。おはよう」


 俺が返事をするとふんわりと微笑み、長めに着ている葉色の服の裾を持ち上げお辞儀を一つ。身を返してコズエたちの近くの席に戻っていった。

 その様子を見守ってからスーは俺に手招きし、


「彼女はセージュ・デイジーソーン。学校の最年少。葉っぱと……なんだったかな、何かの妖精ですごく泣き虫なの。先生が記憶喪失ってことはまだ伝えてないから気を付けてあげてね」


 と、耳打ちして教えてくれた。

 魔法学校の生徒たちは想像していたよりも複数の異なる種族や格好や年齢の子供たちが一緒に勉強して、同じ飯を食べるらしい。魔法学校は外観こそ荘厳で、廊下も広く部屋もたくさんあるようだが、学校という言葉から連想するようなものよりも、古い映画で見た教会の中に孤児院があるような雰囲気をしている。


 皆それぞれ自由な服装をしているので制服もなさそうだし、食堂に集まった人数も想像よりもずっと少なく、一つの長いテーブルの隅まで見てこれで全員らしい。

 少ないとはいえ、全員の顔と名前を覚えるのには少しかかってしまいそうだけれど。


 スーに促されながら自分の席に辿り着くと、やがてビアフランカを連れてアプスがやってきた。


「おはようございます。皆さん」


 それで皆揃ったのだろう。端の席にビアフランカがつくと、皆と挨拶を交わし団欒の時間が始まった。










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