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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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32 早くオンナになりたくって


「や、やだぁ~~! 離してよぉ!」


 スーがとんでもない妄想癖の少女に育ったことを知ったら、彼女の母親はどう思うだろうか。

 そんなことを報せる術は無論ないのだが、夢の中の鼻垂れドラゴンとはまるで別の生き物のようになってしまった今の彼女を、俺は押さえつけて冷静に言った。


「まったく……誰だよこの子にこんな教育をしたのは……」


「せんせっ、痛い痛い! 降参する! ぎぶあっぷっぷっ! だからっ」


 背中をおさえられ、うつ伏せでばたばた暴れるスー。

 俺は誰かに責任を問うような言い方をして、すぐ考えた。

 もしかしたら純情なスーをこんな風にしてしまったのはマグ自身かもしれない。


 彼女を母親の元から連れ出し育てたのはマグだ。まだ生きているときのマグとスーの間に、彼女の行動を裏付ける何かがあったのかもしれない。


 現に、夢の中にいたマグがスーの母親であるファリーにただならぬ愛情を注がれていたのを俺は見た。

 彼は俺の知らない何らかの方法で、自分に惚れさせた竜を雌にしたのだろう。

 下品な言い方に変えてもそのままの意味になってしまうが、文字通りメスにしたのだとすれば。


「……いいか、スー。次にそんなことをしたらもう一緒になんて寝ないからな」


 しかし、やはり考えたところでマグがファリーとどんな関係だったかなんてわからない。

 ただ、俺は常識的な態度を持ってスーが間違いを起こさないようしつけてあげるしかないのでは。


「体のことを聞いたのは俺の方だけれど、君にそんなこと望んだんじゃない。物事には順序ってものがあるんだよ」


「ボク、先生の為に早く大人のオンナになりたくて……」


「そう焦る必要なんてないさ」


 俺の強い語気に目を潤ませて見上げるスー。

 暴れていた彼女もすっかりおとなしくなり、反省の色を見せ始めた。


「こうして、俺は戻ってきたんだから。時間はたくさんあるだろう?」


 マグならきっとこう言っただろうと、俺の口から自然に出た言葉が頭の中で復唱して俺自身を納得させた。

 背中をさすってやると、スーも溜めていた可愛らしい涙をぽつぽつ。ベッドシーツに落とす。

 きゅっと手を結んでベッドを軋ませた。


「わかった。じゃあ、勉強も運動もお料理もお洗濯も人一倍……ううん、竜百倍頑張る……!」


 彼女は表情がくるくると入れ替るタイプで見ていて飽きない。

 泣いておとなしくなったかと思えばすぐに立ち直り、気合いを入れているスーの頭に触れながら微笑んでいると、部屋のドアがノックされて俺たちは音の方を見た。

 短い二度のコンコンが控えめに響き、


「失礼します、マグ先生……」


 扉の向こうから顔をだした少年は、ベッドの二人を目撃して、


「なっ、そんな格好で何してるんですか?! マグ先生! ストランジェット!」


「えっ。なにって、先生と一緒に寝てたから……」


「何も履かずに? は、破廉恥ですよ!!」


 さくらんぼ色のタイをしたアプスの悲鳴が廊下にまで響き渡ったのがわかる。

 そんなに大声を出して突っ込むのは大変そうだ。さっきの俺のデシベルを軽く越しているのに、そんな息もつかずによく騒げるもんだ。いや、俺もスーが勝手に布団に潜り込んでいたのには驚いたけれど。


「アプスありがとう。起こしにきてくれたんだね。ほら、スーも服を着て」


 スーに下も履くよう促しながら、俺は両手で目を覆っているアプスに挨拶した。

 アプスは、うっ。と詰まった息を一度飲んでから、


「……朝食、みんなでとる決まりですので」


 ぶっきらぼうにそう言い、俺達を起こしにきてくれた理由を述べた。

 彼は俺がスーと同じ毛布にくるまって寝ていたことへの不信感を隠さず顔に表している。無理もないが、何か誤解しているようなら弁明したい。

 そうこうしているうちに服を着直したスーがベッドから降り、


「あっくんおはよ。先生と顔洗ったらすぐ行くね」


 呑気な声でアプスの横を通り過ぎて俺を呼ぶ。


「先生もはやくー」


 彼女の呼び掛けに片手を上げて立ち上がろうとすると、


「あの……」


 開いたままのドアに背中を付け、ドアノブに触りながらアプスが俺を呼び止める。

 彼は遠慮がちに俯き、先ほどの叫び声とは比較にならないほどの小さな小さな声で俺に言った。


「ビアフランカ先生に聞きました。昨晩は、その、僕を背負ってここまで運んでくださったそうで……」


 彼の言葉に昨晩のことを思い出して部屋を見回す。

 夢の中の出来事が印象をかっさらってしまい、学校の門を通った後の記憶がいまひとつぼやけていたが、眠気の退散と共にようやっと状況が掴めてきた。

 

 俺はあれからマグが使っていた部屋に通されたらしい。

 疲れてすぐに眠ってしまったのだろうか。アプスを背負ってビアフランカと再会し、紅い髪の少女が側で介抱してくれたまでは覚えているが……そこから先が曖昧で、気が付いたら夢の中を歩いていた。

 頭を掻いている俺が惚けているように見えたのだろうか。アプスは一瞬黙って少し考えるような素振りを見せ、


「……ありがとう、ございます」


 呟くように礼を言った。

 初めて会ったときには肩を張って背伸びをしていたように見えた彼もまた、スーと同じで正直者で純粋なのだろう。


「貴方を疑って……偽物だなんて言って、すみませんでした。先生」


 声色を灰色に淀ませ、素直な言葉で頭を下げるアプスに俺は笑い掛け、


「いいよ。アプスも俺の生徒なんだから。気にするなって」


 出来る限りの優しい言葉で、夢の中のマグの陽気な調子を思い浮かべそう答える。

 彼の曇った声から雨露を取り払いたくて台詞を選んだ。

 その成果があったのか、アプスは顔を俯いたままだが少し笑ったように見えた。

 緊張をほどいた年相応の自然な笑みを溢して、再び小さく礼をすると、ドアから背を離して俺に背を向ける。


 そのまま廊下に出ていく彼にならって、スーと彼に続いて部屋を出ようと俺もベッドから立ち上がった。


「……さて。顔を洗って飯、だったっけか……」


 ふと、布団を離れた俺の目についたのは、木製の机の上に置かれた二つ折りの古ぼけた革財布。布

 飾り気のない茶色の側面が所々剥がれているそれは、使い古している証拠のそのまた上に年期の入った埃を被っている。

 間違いない。と、俺の直感が働いて、その男性ものの財布を手に取った。


「これ、やっぱり……」


 思った通り、それはマグの財布だった。

 彼の部屋にあるのだから当たり前だといえば当たり前だが、中を開いてみて確信する。

 中には数枚のお札と小銭、身分証のようなものが2枚と半端に押されたスタンプカードのようなものが何枚。何かを買ったときのレシートらしき紙が一枚だけ文字の側を表にして小さく折り畳まれ挟まっているが、後は乱雑に押し込まれているようだ。

 他人の財布を勝手に取ることは泥棒をするような後ろめたさがあったが、俺の格好は誰がどう見ても持ち主の姿なので堂々としなくては逆に怪しい。と、誰もいない一人の部屋でそれをポケットにしまった。


 マグには悪いが、これを持っていなかったせいで酷い目にあったのも事実。今日からは遠慮なく使わせてもらおう。


 マグの財布を手に入れた俺は、内容を簡単に見てろくに確認しないまま廊下へ進む。スーの待つ洗面所を探しに出た。






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