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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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31 悪夢から目覚めて



 ……何とも、後味の悪い夢だった。



「それでよかったのかよ。マグ……」


 微睡みの中に一人呟く。

 目は覚めたが体がやたらと熱くて重い。

 直前までみていた悪夢のせいだと思う。


 それは過去のマグとスーの姿を再生した短い動画の中に入り込む夢で、俺とは違うマグがそこにいて、俺の知らない幼いスーとその母親のファリーという大きな竜がいた。

 マグは鍵の掛かった部屋の向こうで、親しげにファリーと再会を楽しんでいたが、やがてファリーが腹を抉る大怪我をしていたことがわかる。


 その怪我は誰かにつけられたものではなく、ファリー自身が自分の子であるスーに自分の肉を分け与えて育てていたことによるものだった。

 事実を知ったマグはファリーを助けようとはせず、スーを抱えて彼女のもとを去った。


 どうしてマグは何もせずに彼女を見殺したのだろう。

 辛そうにはしていたが、彼女を助ける魔法も使わず、彼女の体を労り看取ることもせず、背を向けてしまったのは何故だろう。

 そもそも、あの部屋は一体何処で、どうしてファリーは密室に囚われていたのだろう。


 それからのマグは、スー自身が言っていたようにファリーに代わり持ち帰ったスーを育成したのだろうか。

 それについては、つい最近までのことだろうし、ビアフランカやスー自身に聞いてみてもよさそうだ。

 もしかしたら今見た悪夢だって、夢は夢。

 現実にあったことだなんて確証はない。


 例えばこれがフィクションの中ならば、過去の夢や未来の夢が物語を左右する話なんていくらでもある。

しかしこれは飛行機の中で延々と流れている安い映画のように、途中で見初めてもわかるものではなくて。


 (……とりあえず、顔を洗おう)


 考えていても先が見えないし、疑ったところできりがない。


「……んっ」


 上体を起こしてベッドを立とうとしたが、俺の上に何かが乗っていて体が動かせない。

 金縛りにあったように首の下が持ち上がらない。何故だ。

 夢のショックとはもう決別しただろう。

 しきれていなくてもこの話は一旦おしまいにして、無理矢理にでも新たな一日の明るい朝日を浴びに行こうではないか俺よ。マグの体はまだ何か言い足りないというのか。


「…………え?」


 上掛けを捲ると、温もりと重さの正体、スーが俺の胸にぴったりと顔を寄せて眠っていた。

 それも一糸纏わぬ生まれたままの、無防備でだらしのないお姿で。


「う、うわぁぁっ?!」


「ほへぇっ?!」


 俺は驚きのあまり声を大にして飛び起きる。

 よくもまぁ寝起き一発目から盛大に叫べたものだ。すごいぞ俺のデシベル一等賞だな。

 俺の体が飛び上がると、体を投げ出されスーもびっくりして目を覚ました。


「せ、せんせ……?! お、おは……? おはよう?」


「スー! お前っ! どうして裸で俺のベッドにいるんだよ?!」


 最悪な目覚めからの大胆な急接近。

 一体全体どういうわけでスーは俺の胸で寝ていたんだ。

 声の音量ゲージを大のまま、思ったままを彼女に尋ねる。


「ど、どうしてって……、だって、昔はそうやって寝てたじゃない?」


「その昔って、どれだけ小さい頃の話をしてるんだ?!」


 スーはレストランで初めて俺が顔を見て質問したときと同じように、当然といった顔で目をぱちくりさせて答えた。

 しかし、彼女の常識は俺の人間としての理性に刺激が強い裏切りをきかせるので、すかさず言い返さざるをえない。


「うぅ……先生のお布団、あったかくて落ち着くんだもん……」


 頬を膨らまして寂しげにする彼女に、突き放すような言葉を投げたことを少し後悔した。

 昨日のことを思い出してみれば、スーにとってのこの落ち着くという台詞にはちゃんと意味が籠っている。

 大切な人が帰ってきた喜びの直後に、悪い騎士に拐われ怖い目にあったことや、一日の終わりに大切な人に告白したこと。

 それは一日経過したくらいで忘れられるような出来事ではなかっただろう。

 夢の中のことでさえ俺の頭を離れないのに、実際に危険な目にあった彼女の気持ちを考えないなんて。

 俺はスーの気を考えずに突き飛ばしてしまったことを謝らなくてはならない。

 明るい笑顔で誤魔化してはいるが、彼女は相当傷付いたはずだ。


「スー……ごめん」


「……いいよ。じゃあ先生、また明日も一緒に寝てくれる?」


「わかった。ただし服はちゃんと着るんだ。あと、許可なく俺の布団に入らないことを約束してくれ」


「はぁい」


 彼女は不満そうに長い髪を指でくるくる巻き取りながら、脱ぎ捨てられた絹の服を片足で手繰り寄せた。

 崩れた正座の形で座っている少女の細足の動きを見ていて、ふと俺は夢の中で確かめたかったことを思い出した。

 正確には、思い出さなくてもいいことを思い出してしまった。


「な、なぁ、スー……お前たちドラゴンって、番が出来るまで雌雄が無いって話、本当なのか……?」


 知るのが恐ろしいが、スーが裸の今なら夢の中で彼女の母親がマグに言っていたことが事実かどうかわかる。


「先生……もしかしてボクのこと、思い出してくれたの?」


 スーは俺のいやしい興味に、調子の外れた歓喜で迎えてくれた。

 彼女にとっては内容がどうであれ、自分の大切な先生が自分のことに興味を持ってくれたことが嬉しくてたまらないんだろう。


「そうだよ! だからボクらは恋をして、立派な大人になっていくの。大事な人と一緒にいられるように、相手に合わせて自分の性別を選ぶんだって。ビアフランカ先生と読んだ本に書いてあったんだ」


 えっへん。と誇らしげに膨らみの緩やかな胸を張り、一気に服をかぶった。角が引っ掛かって、もう一度腕を通し着直す。


「ボクはね、将来先生のお嫁さんになるから、先生に女の子だって認めてほしいの」


 俺は恐る恐るスーの下半身に目をやったが、ちょうどその瞬間に彼女が畳んでいた足を後ろに投げて俺に身を乗り出してきた。


「ねぇ、先生。ボクのことメスにしてくれるよね?」


 何処でそんな言葉を覚えてきたのかは知らないが、彼女は恥ずかしそうにはにかみながら俺の体の後ろに細い腕を回した。


「……大好きだよ、先生。ボクといっぱいいいことしよ……?」


 途端に強い力で押し倒す。

 大きな尻尾を持ち上げると、俺が腰に引っ掛けていたシーツを捲ってどかし、掛布の上から尾の付け根をぴったりと俺の股間に押し当てて迫った。


「な、何してるんだ、スー? こ、こら……だめだろ、こんなこと……」


「えへへ。じっとしてて……」


 俺は自分の下半身の一点に力が集中するのを感じると、スーは嬉しそうに微笑んで腰を動かし擦り付け始めた。

 触れている彼女の股の間には確かに何もない。女性器の柔らかい割れ目も、俺と同じ雄の棒も存在せず、平らでまっさらな肌ざわりが摩擦を続けているだけ。

 だがそれでも、俺の体は欲に段々と反応し始めたようで、服の下で迫り出した何かが布に擦れる感触がしてきた。


「……どう? せんせ? 気持ちいい? 人間の女の人は、こうやって好きな人と気持ちよくなるんでしょ……? それから二人で肌を重ねて……」


 甘い吐息を俺の鼻頭に吹き掛けて目を細めるスーに、されるがまま俺は身動きがとれない。

 マグの育てた幼い子竜は少女の姿で俺に乗り、一体全体何をしてるんだ。

 まてよ、これ、スーがマグを乗せて飛ぶ前に、俺が乗られてるし他の違うものが飛び出しそう。

 冗談を考えている余裕と理性がまだあるうちに彼女を引き剥がさなくては。


「ひゃっ、ひゃうっ! 何するのっ先生っ?!」


「もういいから、離れろって! お前こそ何してんだよ!」


 俺は恍惚に赤らんだスーの顔を、片手で下からぐいと押し上げ彼女を離した。








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