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ロストスペル  作者: 海老飛りいと@商業コミカライズ制作中
第1章.記憶喪失と竜の子
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02 ストランジェット



海を一望できるレストランは、現実から逃避できる場所として人々に愛されているのだろう。

少し耳を澄ませば、上品な女性客複数の笑い声が聞こえた。


スーの肩越しに見えるあちらの席では男女が仲良く寄り添い、はにかむようにして照れている男性のほうがこのレストランを連れの女性との特別な場所にしようと計画してきた様子がうかがえる。

人物観察の場所としてはこれ以上ないくらいに飽きない場所だと思った。


暮らしぶりはもとより住人たちの身なりも俺の目を奪う者ばかりだった。

スーには尾や角があり羽根が生えている。

それはさっき自分でも認識したが、この世界の住人にすれば当然のことなのかもしれない。

 

隣のテーブルについている家族連れは母親は少し良い生地の服を着ているごく普通の女性だが、おとなしく座っている子供たちは母親似の栗毛の間から小さな三角耳を生やしていたし、三人ともすべてが同じ顔と同じ動作をするものだった。


一家の大黒柱であろう父親はというと、立派なひげを蓄えてスーツを着ているが下半身は魚のそれだった。

あれはいったい立ち上がるにはどうするのだろう。

先ほど注文をとりにきたウェイターでさえ、人間の足で歩いてこそいるものの頭部は長い毛で覆われた犬そのものだった。


料理に毛が混ざってしまうのではないかと不安になったが、周囲の者はそう思ったことはないのだろうか。

はたまた、思ってはいるけれど言わない暗黙のルールでもあるのか。

人種差別になるのか。そもそも人種という呼び方でいいのか。


あの女性は魚との間にどうやって子供を授かったのか。

これからあの家族に何の料理が運ばれてくるのか。

奥さんは魚料理は食べるのか。


もし食べるとすればそれは旦那を意識してか。

意識せずにか。どちらなのだろう。

一家は全員テラスの下に見えている港を使って海に還るのか。

エラ呼吸ではないのか。


だめだ。際限がない。

考えれば考えるほど解らなくなってくる。

知りたいことと知らなくてもいいことの判断が曖昧にならないうちに、ひとまずは身近な人物から情報を引き出していかねば。


「なぁ、スー。どうしてスーには角が生えてるんだ?」


スーと出会ってからこの数十分。意を決してずっと疑問に思っていたことを問いかける。


「どうしてって、それはボクがドラゴンだからじゃない」


俺の質問にさも当たり前のことを聞かれたと、スーはきょとんとした。

なるほど。俺は自分を納得させるまで時間がかかるタイプだったのだろうか。

そう言われても空想上の生き物だということしか頭に入ってこない。


「竜のことも忘れちゃったの? そんなの寂しいよぉ。先生……」


「ごめんな」


謝ってばかりだが仕方がない。

それを理解してくれてはいるのだろうが、スーは本当に寂しそうに語気を下げた。


「いいよ。ちょっとずつ、思い出せるようにボクも協力するから」


慰めるような言葉のあと、それまでの悲しそうな表情をパッと切り替え急に顔をあげ、


「あのね、ボクたち竜はとっても頭が良くて、とっても頑丈で強くて、おっきくて、空も飛べて火も吐けてすんごくお強いんです! この世界の神様に一番近いのもボクたち竜族! 沈着冷静で魔法も上手に扱えるから、普段はこうやって得意な魔法を使って仮の姿で世を忍んで暮らしてます!」


勢いのまま早口で奇抜な自己紹介。

頭がいいというわりに同じことを何度か言ったし、興奮してまるで冷静なんかじゃないじゃないか。


「なんだそれ」


見掛けも言動も突っ込みだらけのスーに俺は思わず「ぷっ」と噴き出して笑ってしまった。


「あっ。どうして笑うの?! 先生ひどくない?」


「わるいわるい。でも、あまりにも言ってることとスーが正反対だったからおかしくって」


「反対なんかじゃないよ! ボクも立派な竜なんだからね!」


乗り出して怒るスーに、「わかったわかった」と彼女を落ち着かせる。

彼女自身は本気で言っていたのだろう。

それは短時間の付き合いの中で知った彼女の純粋さのお陰でも気付けたけれど、何故だかこのやり取りには懐かしいような気持ちにさせられた。


「ところでさ、先生こそ何で角が生えてるの? 先生は人間だよね?」


「えっ?」


予期せぬ疑問を含んだ彼女の切り返しに俺は初めて自分の顔を触った。

顔じゃない。

正確には頭の上。片側だけ。

左の耳のすぐ上。


髪を掻くように輪郭をなぞると指に硬いものが当たった。


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