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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第2章.魔法学校の教師
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28 不良上司と牛娘



 自分の前で談笑している騎士二人の性格がとてつもなく悪いのは、多くの悩みを抱えるフィーブルの中でもトップクラスの苦悩だった。


 彼女と隊長たちとは魔王討伐以前から数えて数年来の付き合いではある。

 最初こそジンガもイレクトリアも彼女にとっては憧れの存在だったのだが、今となっては消滅した魔王風情よりも厄介な相手となってしまっている。


 それというのも、まずこの自由すぎる態度。副隊長はまだ冷静なほうだが、隊長はこのとおり思ったことをすぐに口に出して言う。


 その乱暴な口調が幾度となく他人を不快にさせ、適当な身だしなみや横暴な性格のせいで数えきれないほどの乱闘を起こしてきた。

 すれ違いや喧嘩レベルの話ではなく乱闘といっていい乱闘を。幾つも。しかも最悪なことに八つ当たりや理不尽な暴力の天才でもある。


 また、普段は落ち着き払っていて隙があれば読書ばかりしているイレクトリアのほうも街の人々相手には愛されキャラを演じているが、先述した酒屋の娘への接し方と変わらず部下にも時々無関心が目立つ。

 以前は剣を握って戦場に立たせれば活き活きと先陣を切っていたが、平和になった今、彼にやる気を出させるのはジンガ隊長でも苦労する。


 そういった理由から、イレクトリア副隊長はストランジェットの救出の際にも一人街灯の下で児童書などを嗜んでいた。


 そんな二人が息を合わせて楽しんでいることといえば、この別部隊への大人げないいびりである。

 しかも、その嫌がらせに目的や終着点はなく、ただ引っ掻き回して金鷹に迷惑がらせたいというだけのおふざけ。

 以前戦うことばかり考えてた二人は、国が平和になり何もすることがない。正確には各地の復興作業などはあるのだが、それを放っておき、金鷹の成り上がり息子という丁度いい玩具で遊んでいたいだけなのだ。

 

 進まない会議を踊らせる根性悪共に、金鷹隊の下っ端が管轄の住民に手を出したという事件は大餌だった。


「クソ(ギース)の野郎、今頃団長たちにケツ毛剃られてヒィヒィいってやがんだろうな」


「いっそ丸刈りにでもしてしまえばいいんですよ」


「そりゃあ傑作だ。あの犬のクソみてぇなモミアゲ見てっといらいらするぜ」


 フィーブルは隊長たちのどうしようもない趣味を身近で見守りながら、また世界が混沌とすればいいのに。などと、不謹慎にも思ってしまう。

 そうすればまた格好いいジンガ隊長やイレクトリア副隊長が見られるのにな。あの頃のドキドキした気持ちを返して欲しいですよ。と。


「はぁ……」


 日に日に駄目さが際立ち腐っていくようにも見える上司に、牛娘は深いため息をつく。

 世界は平和になったけれど、このままでは自分に平穏が訪れそうにない。


「……あんましうまくなかったな。飲み直しに行くか。おい、フィー。お前、店先行って席とっとけ」


「い、今からですかぁ?!」


 あっという間に一人で空にしたボトルを片目で覗きながら唐突に命令するジンガに、フィーブルはびくっと肩をすくませ尻尾を揺らした。


「んだよ、俺の酒が飲めねぇってのか? テメェは行くだろ? ん? どうだイレクトリア?」


「ええ、いいですよ。隊長のおごりでしたら喜んで」


「は? 割り勘だよ、割り勘」


「でしたら私は遠慮しておきますね」


「はぁ? 何だお前……」


 ワインで酒気を帯びた息を吐きかけて存在しない右腕をぶつけ、肩を組む動作で言ってくるジンガをイレクトリアはいつものように涼しい顔で受け流す。


「つれねぇな。わあったよ。その代わりとベーコンとチーズスープの、あれだ、ビールが一番安いあの立ち飲み屋だかんな。おいわかったら牛、とっとと走れ! いつものあの店だ!」


「わ、わかりましたよぉ。行きますからっ、行きますから! 怒鳴らないでください~~っ!」


 酔いに雑さを増していく理不尽な声に急かされて、フィーブルは二人の悪い大人から離れ夜道を走る。

 ジンガの言ういつもの店までは確かこの場所からだと徒歩で十五分ほどかかるな。と、彼女は頭の中で街の地図を展開した。

 黄色いストールを靡かせながら行き先へのルートを頭の中で絞り、


「はぁ……私、何してるんだろうなぁ」


 小間使いばかりさせられているのではなく、ほんの少しだけでもいいから隊長たちに反抗してみたい。

 そんな叶わない些細な気持ちを夜空に映して見上げた。


「そういえば、先生さんとスーちゃんは元気かなぁ。そろそろ学校にはついてる頃だよね……」


 ふと、脳裏によぎったのは昼間に助けた魔法学校の教師と輝石竜ミルウォーツの少女の姿。

 救出する時、少女の方が自分とは反対側から追いかけてきた男性を、先生としきりに呼んでいたし、先生と呼ばれた男性のほうも高度な魔法を発現しているところをフィーブルは遠巻きに見た。


「綺麗……」


 天体に輝く星を見ていれば、遠い彼方の竜の逸話を思い出す。

 

 この星空のように幾千幾万の輝く宝石を無限に生み出す、美しくも儚いこの国に纏わるおとぎ話のような短い話を。










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