27 会議よ踊れ、ただし進まず
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「服がダメならそろそろかわいい眼鏡でも買おうかなぁ……」
夜になると少し視界のはじのほうが狭まって見辛いな。と、電気の消えたショーウィンドウに情けない顔を映しながら呟くフィーブル。
彼女は自分を連れ歩いていた男二人が会議に出席している間、一人で街を歩きながらウィンドウショッピング等を楽しむ予定だったが、既に閉まりかけのお店を数件急いで見て回るだけで精一杯だった。
営業時間よりも彼女を焦らせるのは、彼女自身の体型のせいで可愛らしい服屋に入ったところで自分に似合う服がないということ。
顔は眉が常に下がっているだけで鼻輪がついているわけでもないし、スタイルも引っ込むところは引っ込んでいる。悪くはないと彼女自身思えるプロポーション。
問題は2メートルもある身長で、彼女はブティックの入り口を通るときにも屈んでドア縁の上に頭をぶつけないよう手を当てるほど大きい。
この長身では同い年くらいの女性がファッション雑誌を片手に選ぶ服など到底入らず、フィーブルにとって最大の悩みであった。
「尻尾や翼の穴を空けてくれるなら、もう少し布の面積を増やした服だって作ってくれてもいいのに。はぁ。私もオシャレしたいなぁ……」
尖らせた口からぽつりと不満を漏らし、イレクトリアから預かった紙袋を見る。
この白いワインを持ってきたのは恐らく、副隊長に関心を寄せている酒屋の街娘だろう。フィーブルはその愛らしい女性を何度か見かけている。
騎士団の功績を称えてを口実に、見た目だけは秀麗な副隊長に取り入ろうとアタックを繰り返しており、イレクトリアもその度に適当な笑顔で接している。
恋の前では盲目というのか、酒屋の娘は本心からではないあの男の業務的な優しさに真実が見えていない。
自分よりもずっと年下で可愛らしい女性の憧れの人への想いは届くことはないのだろう。そう思うと、提げているボトルが悲しそうに揺らいだ気がした。
「あっ、隊長、副隊長! お帰りなさー…ああぁ~~っとっ!」
揺らいだのは硝子のボトルではなく、そこに映った人影。
フィーブルは部隊の黒い制服に身を包んだ男たち二人を振り返った拍子に、持っていた荷物を落としそうになる。
「トロいんだよクソクソ牛」
「おや、隊長。いつもよりクソが一つ多いですね」
「ひいぃ、すみませぇん……」
地面に落ちる前にジンガの片手が紙袋を飛び出したワインボトルを受け止め、フィーブルを叱りつけた。
イレクトリアは様子を後ろから察していてもマイペースな速度で歩いてくる。
この白い葡萄酒は副隊長が貰った街娘の気持ちなのにまるでもう他人事のように。と、先ほどまで考えていたことに重なり、フィーブルの女性らしい心に靄がかかった。
「貰いもん落としてダメにしたら失礼だろうが」
案の定、自分の荷物であったのに既に興味を無くしているイレクトリアに代わり、ジンガは手にしたボトルの栓を歯で抜いた。
副隊長が目当ての街娘には悪い気もするが、他人の気持ちに無関心な副隊長よりも、威勢の良いこの汚い中年の渇きを満たすことでワインも報われる。
普段蹴られてばかりいるフィーブルも、隊長のこういうところには男気を感じて憧れた。
「ほら、飲め。テメェが女から貰った酒だろ」
「いえ、私は結構です」
「……ああ、そうかよ」
軽く首を降る副隊長に隊長はそれ以上強要することもなく、ボトルに直接口をつけて一気にあおる。本来はそんなにぐびぐびと飲むような安酒ではないのに。
下品な言葉を連発する男の喉を水のように流れて潤す様を、どうか酒屋の娘が見ていませんようにとフィーブルは願った。
「……ところで副隊長。会議、上手くいったんですか?」
「ええ」
酒にも街娘の気持ちにも無関心な冷たい男を見て話題を提供すれば、
「クソ鷹の野郎、銅獅子どもの前で縮んでやがったぜ。けっ、ざまぁねぇな。あの怯えて千切れそうな竿みてぇな顔、思い出すだけで笑えてくるわ」
「まぁ、銅獅子の隊長と騎士団長には、我々もやり過ぎだって怒られちゃいましたけどね」
酒瓶から口を離して悪人面でくつくつと笑いながらジンガが答えてイレクトリアも続けた。
銅獅子というのは、王国騎士団における最高位の部隊の名称で、この国は騎士団長を除く騎士達が大きく分けて三つの部隊に配属されている。
金鷹隊は先ほど会議で二人がやり込めていた鎧の青年、ロック・ギースハワードを隊長とする部隊。
彼の父親が前任で隊長をしており、魔王討伐後それを引き継ぐような形で息子が部隊を任された。
国王からの太鼓判を押されてはいるが、所謂成り上がりの部隊長であるギースハワードは、実践経験に乏しく統計や理論を頼り指揮をとっている。
所属する騎士の身分や地位も様々で、騎士学校にも密接な関係を持ち三つの部隊のうち最も多くの隊員を抱えているが、それ故に問題も多く、ギースハワード自身も新任で全てを把握しきれていない。
ストランジェットに手を出しまんまとジンガに突きだされてしまった男がいたように、統率も信頼もまだ疎らで未熟な部隊だといえる。
銀蜂隊の部隊長は白けた金髪に酒焼け声の男、ジンガ・アンバーマーク。
その口調や身なりのせいで、誰もが一目見ただけでは彼を部隊長だとは思わない。それどころか、吊り上がった厳しい赤目が悪鬼羅刹を彷彿させるような業の深い悪人面の大男を、騎士だと認識することすら難しいだろう。
逆に、荒々しく恐ろしい風貌の彼に付き従う副隊長のイレクトリアは、穏やかで礼儀正しい美形の好青年。街人の誰もが望む理想的で完璧な騎士の鑑のような人物。
この正反対な二人が率いる銀蜂隊の所属人数は多くなく、何百を語る金鷹隊に比べれば僅か一握りの数十名程だった。
フィーブルを始めとして、戦闘に特化しているが性格等の問題を持つ奇人達を取り纏めていられるのは、ジンガの隊長たる力量か、イレクトリアのカリスマか。
いずれにせよ、アクは強いが戦うことに関しては精鋭のチームとも言えるかもしれない。
会議の腰をぶち抜いたように、銀蜂隊は隊長自身が非常に自由に行動してしまう。
そのため騎士団としては疎まれ、王都から離されてはいるものの、港街で庶民の暮らしを守っている。
身近な国民からは信頼を預かっていられるのだ。
そして、銅獅子は部隊が三つに別れる以前より、国王の側近として仕えていた騎士の総称で、国王と騎士団長の直下に属する重鎮達の部隊。
常に王都に駐屯しており、膝元を離れている金鷹隊や銀蜂隊との交わりは全くないわけではないが非常に薄い。
この度の会議にも数名、厚いマントを羽織った初老の騎士達が着席していたが、その誰もの顔を覚える機会もなく、
「はっ。引退間際のあんなハゲてくすんだみそっかすジジイどもの警告なんざどうせ口だけだろ」
「ですね。我々は銀蜂隊に任された住民を守っただけで、間違ったことはしていませんから」
このように、離れたところで悪態をついてもまったく耳に届くことはないので言いたい放題にされている。




