25 コズエとディルバー
「貴方達! ホロプランター相手に何してるの?」
突然降りかかってきたスーのものとは別の高い声に驚いて、俺たちから一歩退き掻き回されたように慌てて飛び回るほこりちゃんたち。
明滅しながら羽虫のように飛び回る球体が散り散りに逃げていくと、薄明かりがほんのり残ったその場所に一人の少女が立っていた。
「うわっ……!」
「えっちゃん……! 迎えに来てくれたの?」
目の前に現れた、橙や桃色がかかったような紅い髪を二つ結びにした少女は蝋燭の入ったカンテラを俺たちに差し向けてよく見ようとする。
ホロプランターと呼んだほこりちゃんたちの群れに触れないように縫って近づき、
「ビアフランカ先生の言った通り、本当に戻ってきたんだ……」
俺をまじまじと見て呟く。
スーは彼女の知り合いらしく、アプスを呼ぶように親しげなあだ名で紅い髪の少女を呼んだが、
「まったく。不審者かと思ったじゃない。あと、えっちゃんじゃなくてあたしのことはコズエさんでしょう」
厳しそうな緑の吊り目を光らせて呆れたように指摘した。
毎度のやりとりなのだろうか。俺を見ていた目付きに比べて格段にあたたかみがある。
彼女もまたスーやアプスと同じマグの生徒なのだろう。アプスも真面目な性格だったが、コズエと名乗った彼女のほうがよりストイックでしっかりとした印象を受ける話し方をしていた。
「貴方もストランジェットの親なら、自分の使い魔のしつけくらいきちんとなさいな」
確かに、コズエという名前でえっちゃんというあだ名には少し無理があるな。と妙な納得をしている俺にも彼女の凛とした注意が飛んできた。その話しぶりに、隣でスーがムッとする。
「使い魔じゃなくてボクと先生は恋人になって結婚する予定なの」
育ての親というのは先ほどのスーとの密談じみた会話にも出てきたし、特別な関係を望んでいるのも知っていたけれど、これにはまだ答えが出せないという決断をしていたので俺は無言を突き通す。
「貴女がそういうことを言うとディルバーがすぐ真似するからやめて」
スーと同じで俺よりもマグとスーとの関係をよく知っていそうな彼女がやれやれといった表情で手を振る。
「あのね、先生。ディルバーって、先生が亡くなってから学校に来たえっちゃんの彼氏なの。ボクより年下だけど、背が高くて猫耳が生えてて偉そうで……」
「へ、へぇ……」
「あの子は彼氏なんかじゃないわ」
頭に手を当てながら身体的特徴を説明し、俺に耳打ちをするスーにはっきりと言い切るコズエ。
どんな関係かはさておき、彼女にもマグとスーのような間柄の人物が存在しているのだろう。それだけは伝わってきた。
少し遅れて前から来る人影。ふわふわ浮くほこりちゃんことホロプランターを優しくシャボン玉のように手のひらで転がしながら、見慣れた女性がやって来た。割れないように光の玉を扱えるその人は、
「コズエ、どうもありがとう。その辺りにして差し上げて。マグ先生もスーもお疲れでしょうから」
暗闇をゆったりと照らし、俺とコズエを交互に見て微笑んだ。
「ビアフランカ先生」
「先に学校に戻ってしまってごめんなさいね。……あらあら、アプスはもうご就寝ですか。貴方を見張ると張り切ってついていったのに……」
ビアフランカは俺の背中で、寝息を立てている少年を見てくすくす笑う。
「さぁ、皆さん。もう今日はお部屋で休みましょうね」
女教師がのんびりとした口調で手を合わせると法衣の裾を持ち上げて前方に差し出す。
いつの間に到着していたのだろう。
その手指が指し示す方には石膏色に聳え立つ大きな門が開いて俺達を待っていた。
この先が、かつてマグが在籍した魔法学校に続く道だということは一目で解ったが、すぐ目前にすると胸がぐんと高鳴った。
ここから門を潜って一歩向こう側に行ってしまえば、俺は在校生たちに囲まれ教師として、マグとして迎え入れてくれる人々の前で彼を演じなくてはならない。
この世界に来るまでのことは思い出せないまま、俺は第二の人生をここでマグとしておくるのだ。
希望と不安は五分五分で、やりきれる自信も要素もない。手助けをしてほしいが自分の体はあまり実直には答えてくれない。それでも。
「先生、どうしたの?みんな待ってるよ?」
「ああ。行こう」
俺の手を掴んで引っ張ってくれるスーに強く頷き、この世界の物語と俺の行く末を自分自身で見届ける覚悟を一息。
開いた門の向こう側に足を踏み入れた。
以上にて第1話完となります。
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それでは!
2019.1.8
海老飛 拝




