22 目覚め立ての告白
長い独り言を知ってか聞いてか、これまで寝息を立てていたスーが俺の胸で目を覚ます。
「へぁ……せんせ……?」
欠伸に口を押さえながら俺の顔を見てにこりと笑うと、髪の流れが俺の顔に擦れてくすぐったい。
「あっ、起きた」
「う、うんー……。あっくんは……まだ寝てるね」
俺に抱かれていたことを今知って、スーは顔を真っ赤にした。欠伸が出てきた口をしどろもどろに言葉を濁し、俺の背中に凭れているアプスを見た。
その光景に俺が二人分の重みを預かっていた事実を知り、慌てて俺の腕の内を潜り抜けて離れる。温もりをほんのり残して。
スーが自分で起きてから、背中のアプスを背負い直す。彼はいまだに目を開けないが、胸の鼓動はしっかりと打ち続けているから心配なさそうだ。
「ねぇねぇ先生、それよりさっきのバーン! ってやつ凄かったね! 先生が魔法で変なおじさんをぶっ飛ばしてくれたの?」
離れたばかりですぐ、思い出したように言い興奮して俺に詰め寄るスー。
「実は……」
俺は返事に困った。都合の良いことに彼女は俺の目眩まし大爆発直後に気を失い、つい今目を覚ましたので騎士の方々とのやり取りをまるで知らないのだ。
話をすれば長くなるのだが、俺の魔法に変なおじさんをぶっ飛ばして倒せるような威力はなく、今も自由に魔法を使えるかと言われたらそんなこともない。
ただ、目の前ではしゃぐいたいけな少女を落胆させたくない。見栄を張ってもいいよな。そうだろうマグ。
「実は、そうなんだ」
「そっか! やっぱりすごいや! ボクの先生はお強くてかっこいい! めちゃめちゃいっぱい好き!」
まったく俺を疑うばかりか、持てる迂闊な語彙力全てと全身を使ったハグで大称賛をくれるスー。角が危うく脇腹に入りそうだったが危機一髪かわす。
彼女を騙したのはちょっと悪いことをした気持ちになるが、部分的には間違っていないと俺は俺をも騙し始めた。自分が気持ちよくなるための嘘も多用しなければ悪くはない。
その証拠にほら、マグの体は俺に嘘をつくなとは言わなかった。
この体、最初から精神の主に喋りかけてくるようなコミカルな相棒でもなかったけれどね。
「助けてくれてありがとうね。先生、大好きだよ。神様よりボクを守ってくれる、ずっとずーっとボクの大事な人……」
スーは俺に甘えて再び胸にすり寄る。
彼女に時々抱く何処か懐かしい感覚はマグの体が思い出しているものなのかは今もまだわからない。自分を頼りに身を預ける少女をマグはどう思っていたのだろうか。
「なぁ、スー。俺ってお前とどういう関係だったんだ?」
今の先生は記憶喪失なのだからこんな言葉も出てきてしまう。彼女の気持ちを考えていない台詞かもしれないが、ついさっき騙したことも相まって、これを聞くタイミングはここでしかない。
そんな俺の問いにスーは、
「先生は先生だよ。ボクらの学校の先生」
そして、それから。と付け加えて、
「ボクはマグ先生に拾われて学校で育ててもらいました。その恩返しにボク、先生のお嫁さんになりたいんです」
話が一気に飛躍した。
それまでの恥じらう仕種を一度置いて、急に真剣な顔で俺を見上げてきたスー。
大きな目から一点で受ける眼差しのどれだけ力強いことか。彼女の瞳の真ん中を俺は見返すことができない。
俺の知らないマグの記憶を取り戻すまで、敬語を使って話すスーとはまだ対話が出来そうになかった。
「そ、そうだったんだ……」
それは到底、誰の目にも恋人のようには映らないし、街灯の下の雰囲気のある駆け落ちでもない。
夕刻を知らせる鐘の音色が遠くに聳える時計塔から響いたが、その音を上手に捕らえられたのはマグの耳ではなく俺の本能のほうだったと思う。




