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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第1章.記憶喪失と竜の子
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21 ジンガ


 煙草男が身を包んだコートは騎士の二人と比較して明らかに仰々しいところがあり、俺はそれに目を奪われた。

 両脇に控える二人のそれよりも袖口が広く、襟に至っては二人のように他の色布を巻いて飾れない大きく立ったデザインで少し厳つい。


「俺らはこれからクソめんどくさいコエダメ会議があるんでな。達者で暮らせよクソ先公」


 硬い生地がぎらっと裏地の赤を靡かせて落ち漆黒の表面が見えると、彼の存在しない右腕側の胸辺りに蜂を象った例の部隊証がついている。


 それだけでなく、部隊証のその下には色形の違った勲章がいくつも付いていて、彼の歩く動作に合わせてジャラジャラと揺れた。複数の勲章が表すように、彼もまた歴戦の兵というものなのだろうか。

 汚い口調とシャツのせいでこれまで感じなかったが、連れの二人よりも年配者で態度も格段大きい煙草の男。否、煙草はもう吸っていないのでこの代名詞はそろそろ使えないな。


「ジンガだ。困ったらなるべくのことは自分で解決しろ。出来なきゃくたばれ。俺は大人の馬鹿の面倒は見ねぇ」


 と、そう思っていたところで彼の方から名乗った。悪態をおまけにつけて。本当にこの人はどんなときでも暴言を忘れない。

 赤い目が相変わらず厳しくつり上がっていて、騎士らしい衣装になっても顔は悪人面で変わらなかった。


「あ、あのあの、私たち、銀蜂(アンバーマーク)隊はこの街の担当ですし、悪いことをしたのも騎士ですが……本当の騎士は国民の皆さんの心強い味方ですから。先生さんも遠慮なく私たちを頼ってくださいね」


「ありがとうございますフィーブルさん。スーを助けてくれて」


「えへ、へ……お、お礼を言われると、うう、嬉しいです……先生さんはお優しいです……その輝石竜(ミルウォーツ)の子、スーちゃんっていうんですねぇー……」


 荷物持ちになっていたフィーブルも彼に続いて去り際の挨拶をし、俺を振り返ってそう言ってくれた。頼りない下がり眉の笑顔にも少し見慣れてきた今、別れが惜しく感じられる。


「早くしろ! トロ牛! 焼いて食うぞ!」


「ひ、ひいぃっ! 私、食用じゃありませんからぁ!?」


 誇らしげに胸を張るとお酒の入った紙袋を落としそうになり、慌てて持ち直した頃にまた罵声を浴びせるジンガの背中を必死に追い掛けていった。


「貴方は魔法学校に帰られるのですね」


 順番でいってその次に、二人が街灯の明かりの下を離れたのを見てイレクトリアも俺に声を掛ける。


「はい。もう遅いですし、そうします」


「ご帰宅まで護衛を付けて差し上げたかったのですが……申し訳ありません」


「これから会議、なんでしたよね」


 ジンガの言っていた言葉を思い出して返事をする俺に申し訳ないと困ったように笑い、彼は別れの会釈をした。


「大丈夫ですよ。何とかなります」


 子供二人分を背負って連れて帰る俺を気遣ってくれているのだろう。気遣いには感謝したいが、彼も顔には出さずともすぐに連れの二人を追い掛けたいに違いない。俺はその気遣いに笑って返した。

 まだ気を失ったままのマグの生徒達を見て頷く俺と同じ方に視線を向け、子供達をそっと優しい表情で見、


「ええ。そうであれば」


 彼も俺に深い相槌を打った。


「それでは、教諭。どうか道中お気をつけて」


「ありがとうございます」


 畏まった礼を一つ捧げてその場を去っていくイレクトリアもまた、二人の部下に続き黒い制服と共に闇に溶けて消えていった。


 なんとかなります。と、そうこの口で言った直後で心細くなるにはまだ我慢するべきだということはわかっているが、騎士の面々と別れたあとはやっぱり心細かった。

 マグは武器も持たない普通の人間で、戦闘の訓練も何れ程したのかわからないような普通の体つき。スーとアプスを一気に抱えて連れて帰るのにもやれやれ骨が折れそうだ。


 取っ組み合いには絶対に向いていない体なので、万が一また襲われるようなことがあったら、路地裏で発動した魔法をまた使用するしかないが、その魔法ですら正確に出せるかも怪しい。


「俺って目眩まし以外の事も出来るのかな……?確かあの時は色々な呪文が浮かんで、そこから一つを引き出したら光が爆発したんだけど……もしかしたら、一瞬で学校まで行ける魔法もあったりして……」


 もしそうなら二人を運ぶ手間が無くなりずっと楽に帰れる。楽をしたい欲を、このファンタジー世界を利用して合法的に満たすことができる。

 期待をして片手を持ち上げ念じてみても、すぐにあの光の帯と呪文の羅列は目の前には現れてくれなかった。


「……だめか」


 上手くいかず落胆する。そう簡単なことではないと挫けさせられるなら、マグの魔法の発動はどうやって起きたのだろうか。

 この体にも慣れてきたな。と、ふんぞり返って言う目標にはまだまだ程遠いようだ。



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