20 騎士達
「いいえ。うちの二人の方がご迷惑をおかけしたのでは?」
「ははは。そんなことないですよ……」
俺の声色に込められた丸裸になった緊張を容易く見透かす副隊長ことイレクトリア。優しく微笑んではいるがこの男、目があまり笑っていない。
初対面にして毅然とした態度で俺に典礼の錯覚を見せた青年は、実年齢よりも少し上にみえるほど独特の空気の支配力を持っていた。
黙っていては誰もが調子をこの人に奪われてしまいそうな、かといって無理に上から押さえ付けるものでもなく、心臓の縁から緩く徐々に触られて口から肯定を吐くように耳元で囁かれるような、静かな圧力。
部隊を纏める騎士とはこういうものなのか。個性的なフィーブルや煙草の乱暴男を指揮する彼の実力は俺にはまだはかり知れそうにない。
部隊、というものの規模や騎士についての情報が少なく想像するだけの話にはなるが、彼の聡明な横顔を見ていると、何十か、何百だろうか、この男の下には跪く人間がいるはずだ。と思う。
それこそ空想でしかないけれど、暴漢を薙ぎ倒す女性や自由奔放な中年の悪漢ですら彼の指揮下にあるのなら、それだけでは足らないかもしれない。
苦笑いを返しながら、「この人を敵に回してはならない」と俺の本能が覚っていた。
(そういえば、彼にはまだ自分の名ばかりか立場さえ明かしていないのに、「教諭」と俺のことを呼んだではないか)
「不思議だと思いましたか?」
俺が気付いたのとほとんど同時に、イレクトリアに表情を読まれた。
「私、とても耳が良いんです。この場所からでも貴方の事を『先生』と呼ぶ少年と少女の声が聞こえていましてね」
白い手袋を付けた細い指で自分の耳を触って言う。
「へ、へぇ。すごいですね……」
冗談のような口ぶりで笑う彼に、俺は素直に感心する振りをした。
(まだ何も言ってないのに……彼には心が読めるのか……?)
そんなはずはないと思いたい。俺の顔がさっきから何か言いたげにしていたか、口の動きで言い出そうとしていた言葉を先回りして当てたのかのどちらかだとは思う。
それが的確すぎるか、勘が良すぎるか。彼が纏め役として培った能力の器用な芸当に俺は試された気になった。
「あんまり怖がらせンじゃねぇよ、副隊長殿」
意外なことに、俺に助け船を出してくれたのは煙草の男だった。
噛んでいた紙筒はすっかり短くなり、煙の臭いや勢いも終わりかけているものを地面に落として踏み潰す。
「そろそろ会議の時間だろ。テメェもさっさと帰ってクソして寝ろ」
彼はイレクトリアとの会話に緊張していた俺に、投げ渡すようにしてアプスの体を押し付けて返す。
「ガキの面倒見ンのが先公の仕事だろ? 俺たちにやらせんじゃねぇよ。テメェのガキはテメェで守れ」
アプスを受けとると、煙草男は俺を赤い目で厳しく睨み付け、ぶっきらぼうに吐き捨てる。言葉こそ汚いが、彼は彼で心根は優しいところもあるのだろう。真からアプスのことを心配して助けてくれたのだから。
「いいな。クソムシ」
と、俺の肩を開いた片手でバンと叩く。骨に響くほどの打撃に姿勢が正されるが、あまり痛くはない。少し温もりを感じる叱責だった。
そんな彼に頷くと、荷物持ちにされていたフィーブルも駆け寄り、大きな黒いコートを彼に羽織らせた。その襟首にも銀色の雀蜂の印が光る。最初から最後までずっと粗暴な態度で接っせられ信じる隙がなかったが、それを見ればようやく、彼もまた騎士の証を持った一人なのだとわかったのだった。
少し納得し難いが、盗賊か海賊かと見間違う、油染みのついたシャツを隠して羽織った身なりは連れの二人と同じ上等な物へと変わり、認めざるを得ない。




