18 路地裏を抜けて
恐る恐る顔を覗き込み、倒れている誘拐犯の前で手を振って確かめる。それ以上は何も言わず、動く気配はない。
俺達の敵は、俺と後から現れた二人によって失神する事態にまで追い込まれ完全に意識を手放していた。
「この人、死んじゃったわけじゃないですよね……?」
「さあな」
フィーブルの一撃からの蹴倒し、気を失うまでの体罰と尋問を側で見ていた俺は、悪人よりも悪人じみた口汚い男の暴行を目一杯浴びた犯人に少しばかり同情してしまいそうだった。
心配する俺に合わせてフィーブルもビクッと体を震わせる。
「死んだとしても自業自得だろ。じゃなけりゃそこのトロ牛の責任だ」
別に構わないといった素振りで言い、もう動かなくなった相手から興味をなくした男は、右の胸ポケットから紙タバコを一本出して咥え、こちらからでは視認できないくらい小さな炎を唱えた。
「わわっ、私のせいですか?! そんなぁ! ついさっきまで喋ってましたよ? とどめを刺したのは私じゃなくて……」
「いちいちぎゃあぎゃあうっせぇな。鼻輪引きちぎんぞ」
火を着けた煙草を一気に吸い、雑な暴言に泣き出すフィーブルの顔に煙を吐き掛ける。
見ているだけで俺まで咳き込みそうな煙幕に、勢いよく煙を受けた雌牛は堪えていた涙を苦しそうに落としながら噎せ、
「わ、私、鼻輪なんて付けてません~~っ!」
自分の鼻を確かめて擦った。
煙草の煙が白く浮かぶ薄暗い路地裏に彼女の悲痛な叫びがこだまする。
それを背にして俺からアプスの体を背負い直し、片手で促す男に俺は慌ててついていく。
気付けば俺の腕の中で穏やかな寝息をたてているスーと、彼が背負い直したアプスを交互に見、騎士の名誉を剥ぎ取られ石のように冷えて固まったまま動かない哀れな誘拐犯に一瞥してその場を後にした。
俺の元に返ってきたスーは思っていたよりも軽く、立派な尾も角も見た目より重量がないのか華奢な女の子一人分の重みしか感じない。
スーの正体を知った後でも、俺は抱えた少女をただ自分の生徒として優しく見守れるだけの自分の度胸に心から安堵した。
彼女が目を覚ましても余計なことは言わないでおこう。
雲の糸のよう細く伸びては消える煙草の煙を従える、下品な口調の風来坊そのものといった自由な男の背中を追って暫く行くと、段々街の明かりが見えてきた。
最初は遠くにぼんやりと、家々それぞれで転々とした色の違う明るい光。次にもう少し近くの街灯のオレンジの明かり。それが高さを競うように真っ直ぐ途なりに並んでいる。
「うわぁ……すっかり遅くなったんだな……」
俺たちが大通りに抜けると日は沈み、街はすっかり夜の色に染まっていた。
石畳の道を行く人々は昼間よりも少なく、港を眺めて悩んでいた絵描きも、賑やかな市場の声たちの主ももうそこには存在しなかった。




