15 フィーブル
辺り一面四方の全てから上空足元に至るまで強い光が視界を遮る。
目を焼くような強烈な光はまるで、太陽を全身に浴びたように激しく熱く瞼を震わせた。
「うわっ!」
爆発音と共に強い風を巻き込む光によって体が後ろへ押され、俺は思わず地面に尻餅をついてしまった。
白い視界が次第に景色を隙間に見せるようになると、光は粒子となって狭い路地を照らしながら降り注ぐ。
魔法を使うと念じた際、脳の内から具現化されて手元で回っていた文字を纏った帯はもう俺の前から消え去っていた。
膨張した何かが破裂したような音がしたはずだったが、路地裏の壁が壊れた様子もなく、スーを抱えた騎士の男にも怪我を負わせてはいなかった。
どうやら俺がマグの扱う魔法から選んだのは、凄まじい光による目眩ましの術だったらしい。
「は、はは……脅しやがって、それだけか……」
俺の術を受けた男は咄嗟に目を塞いだらしく大したダメージを浴びることなく、その場を凌いだらしい。
だが、目眩ましでも十分だった。彼の腕から気を失ったスーがすり抜けたその隙を見逃さない。
「アプス、今だ! スーをあいつから取り返し、て……?」
後方に退かせていたアプスに指示をするが、彼からの返事はない。
振り向くと、彼もまたスーと同じく気を失い地面に突っ伏してしまっていた。今の閃光の術をまともに見てしまったのだろう。
「おいおい、肝心なときにお前なぁ……って、ま、待て!」
俺が余所見をした隙に男はスーを拾い上げて体勢を立て直し、路地を駆け出す。
反対側から通りに逃げられてしまってはまずい。はぐれたら、街の歩き方もわからない俺一人ではとても追い掛けることはできない。なんとしても捕まえなければ。
しかし、尻餅をつくほど反動が出る魔法を使った直後で思うように走れず、奴との距離が縮まらない。
このままでは。
そう思った直後、前方に巨大な人影が現れ、スーを誘拐した男の前に突如立ちはだかった。
それは身の丈が2メートル以上あるであろう女性の影で、彼女は手に大きな鉛色の棍棒を持っており、横切ろうとした男の顔目掛けて振り下ろした。
「ぐわっ!!」
「ひゃっ! ひゃあっ! ……っ! や、やばい…! し、死んでない? 死んでないですか? だだ、大丈夫です……か……?」
グシャッ。と、肉が崩れるような音がして男の体が地面に衝突する。
その様子に、そうさせた当の本人の大柄な女性は慌てふためいて持っていた棍棒を手離した。
相当に重いものだったのだろう、俺が彼女の前でよろめくと同時に轟音が響く。
「あわわわ……打ちどころ悪くなかったですか…? 大丈夫か、な……? うぅ、恨まないでください……怒らないでください……ひいぃ……っ!」
間近で見た女性は近づけば近づくほど背が高く、長く見続けるには首が痛くなる覚悟が必要そうだった。
彼女は頭のウェーブのかかった癖っ毛が頬や首の回りで巻いており、本来耳がある位置には下向きの長い動物耳が生えている。
涙を目の端一杯に溜めて、自分が倒した男の背中を見下ろしながら懸命に許しを得ようと早口になっているが、顔が潰れて伏している男には聞こえていなそうだ。
俺から見えるところで、息をしていることが辛うじてわかるがもう虫の息といった程度。彼女の話をきく余裕はない。
「あ、あの……」
「は、はは、はいいぃっ!! な、何でしょうか?!」
一々吃らなくては喋られないのだろうか。
大柄女性は大きな体をきゅっと縮ませて涙を拭いながら俺を見た。
体を小さく縮ませるという例えは彼女には無理かもしれない。ひたすら縦に身長が高く、胸は脂肪にしては厳つすぎる。上手く内股がつくれていない脚はガタガタと震えていて。
腰は引き締まっているが、突きだした臀部からは鞭のようにしなる細くて毛の生えた茶色い尾が揺れている。
何に怯えているのか知れない下がり眉。黒いコートの上に黄色のストールを巻き、首に家畜用の大きな平たいベルがついていた。
「あっあっ、お連れのお嬢さんですね?! だ、大丈夫です。この子は全然何ともないですよぅ……」
獣人として最初に出会ったシグマとはまた違い顔は人間のものだが、大きさと鈍臭い雰囲気を持つ動物の獣人だ。
俺が何もいわなくても、彼女は騎士からスーを取り返していてくれたらしい。
「あ、ありがとう。貴女は……」
「は、はい……! 私、フィーブル・アーディバロンと申します。その、これでも、この街を守る騎士なんですぅ……」
名乗ったフィーブルは下がり眉をそのまま、スーを俺の体に預けながら優しく笑い小さな会釈をした。




