14 光の魔法
「アプス、どうして……」
「や、やだな……知ってるでしょう? 貴方が本物のマグ先生なら。僕が剣なんて使ったことないって……!」
「なんだって……?」
何故相手に向かっていかないのかと俺が問おうとすると、苛立った声でアプスは返した。
彼の声に合わせて、手元の光がバチバチと線香花火のように短く無数に弾ける。
背負った武器が悲鳴を上げて泣いているかのように輝く電気の波が伝う。
それが勢いを無くすと、路地裏を照らしていた明かりが終わって急に暗くなった。
「先生助けてください。僕には出来ないんです……! 貴方の得意な魔法で、僕の友達を……!」
真実を自ら暴き先ほどまでの勇ましさを放り投げて、弱々しく俺に縋るアプス。
自分ではどうしようもないという悲痛を全面に出した声だった。
彼の気持ちを知ってやりたかったが、俺は彼が言う、彼をよく知るマグではない。
彼が戦えないことも薄々予想はしていなかったわけではないが、この展開になるということに気付くまで今この瞬間がくるまでの時間を思い切り費やしてしまった。もっと早く知っていたところで、事態が急変することもなさそうだが。
「ま、魔法でって……? だって俺、何も覚えてなくて……!」
期待に応えたいのは、否、今応えなくては彼らの憧れである教師・マグの名前をも廃らせてしまう。
気持ちの中ではおうと頷き、すぐにでも二人の力になりたい。
けれど現実はそう上手くいかないことばかりで、俺の気持ちもこのままでは挫けそうだ。
魔法とは一体、どうやって使うものなのか。
まったくわからない。
俺には、剣が抜けないアプスを責めることも、不注意で拐われたスーを叱ることもこのままでは出来ない。二人の教師として振る舞うなんてもってのほかだ。
誰かが、例えばこの世界に来るときに魔法についての説明や扱い方を教えてくれたならすぐに俺にも見せ場が出来ていたかもしれない。
でも、俺にそんな親切な係はついていなかったし、マグに魔法が使えることだってアプスの口から聞かなければ知らないままだったかもしれない。
つくづく不親切な異世界に来てしまったが、俺がこの世界を選んで来たのかもわからないし、文句を言える相手も存在しない。
────魔法を、やってみるしかない。
「……わかった。退いててくれ、アプス」
わからないが、挑戦はできる。
魔法というものをマグの体が覚えていてくれたのであれば俺にも扱えるかもしれない。
アプスが灯していた光の玉も魔法だとすれば、その真似をすれば何か起こせるかもしれない。
可能性はないわけではない。
「頼むぞ、マグ先生。あんたの魔法を俺にも使わせてくれよ……」
自分自身に囁くと、アプスを下げさせ敵に向かって手を突きだす。
と、突然体の主が囁きに応えたかのように、薄い光の帯を大気から引き寄せ始めた。
力を込める片腕の爪の先に痺れるような痛みが走り、その指先に吸い寄せられるように緑色の細やかな光が浮き上がる。体が急に軽く感じられる。
思い出そうとすれば頭痛を起こして邪魔ばかりしていた脳が俺の言葉に従っているのだろうか。
頭の中に無数の文字が現れる。何が書いてあるかまでは読み取れないが、何百何千と羅列するそれが、手元の光の帯の上を走り出す。
それは無尽蔵に拡がり、頭の中が巨大な一冊の辞書を高速で読み漁っているかのようだ。情報同士がぶつかり合い、その度に光を散らして俺の指先に現れる。
止まらない。文字の波に溺れてこのままでは酔ってしまいそうだ。そろそろ、このうちの一つを自分の魔法として選ばなくてはならないのだと体が震えて教えてくる。
光の玉。それと似たものを探して自分の魔法にする。超速の辞典に爪を立て、針を落として打ち止めるように自分の片手に命令しよう。
「これだ……!」
マグの扱う魔法のうちの一つを記憶の辞書から選び出し、俺は振りかざした手の指を折る。
──────その瞬間、真っ白な閃光が視界を埋め尽くして爆発した。




