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ロストスペル  作者: 海老飛りいと
第1章.記憶喪失と竜の子
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13 拉致



 豊かな自然と穏やかな気候。

 街の中心では特産物を売る市場が賑わい、船を使って届く輸入品を競り合い、人々は毎日を謳歌する港の街・ファレル。


 海沿いの造船場からずっと上方を見上げれば程よい距離に王都へ続く長い連絡橋も存在する。

 数百年の時をかけて作られた広大な水上橋。

 その橋を目印に停泊する各国の船から人々が乗り入れを繰り返すため、街は様々な種族と身分のものを分け隔てなく歓迎した。


 少し離れれば放牧の盛んな農耕が見られるほど長閑で、工業地帯も安定した出荷を約束し、中心部には王都との密接な繋がりを持つ役所も点在している。

 続く街並みの中、頭一つ飛び出す大きな時計塔が夕刻を指して短長を重ねるその頃。

 辺りも夕暮れ、ぽつぽつと民家が明かりを灯し始めていた。


「いた! ストランジェット!!」


 アプスの背中を追いかけて路地裏に転がるように飛び込む。


「あっ、あっくん!! 先生!!」


 スーの叫び声に手の平を握って開くアプスの手の中に発光する球体が浮かび上がり、スーを暗がりに連れ込んだ不審な影が正体を表した。

 

 乱暴に彼女の腕を捕まえていたのは俺の想像の中に出てきた豚頭の成金……ではなく、軽鎧を纏った戦士風の男。彼はスーの白銀の髪を雑に引っ張り不気味に顔を歪めてはいるが、身なりはきちんとした青年だった。


「おい! お前、彼女を何処に連れていくつもりだ!」


 俺の言うより先にアプスが身構える。背中の大剣に光の玉を這わせ強い電気の音で路地裏を照らしながら、出会った時の俺にしたときと同じように声を荒げて威嚇する。

 だが、スーをさらった男はまったく怯むことなくスーを自分の胸に引き寄せ、誰がそんなところに放置をしたのかきわめて物騒な刃を足元で蹴り、落ちていたナイフをつま先で器用に拾って構えた。


「俺はこの国を守る騎士の一員だ! この輝石竜ミルウォーツは王に献上する為連れ帰らせてもらう!」


「何それ?! ボクは先生とあっくんと学校に帰るの!」


「わけのわからないことを……! ストランジェットを離せよ!」


 対峙しているアプスの言う通り相手の言っていることは俺にもわからない。アプスがわからない以上のことを俺が知るわけもないのだが。


 緊迫している彼には申し訳ないが、俺は少し後ろから騎士と自称した男を観察した。

 仕立ての良い服に銀の胸当てを付けた男は体格も良く、確かに道行く一般人とは異なる雰囲気を持っていた。左肩には騎士としての証なのだろう、勇ましい鷹が彫られた金色のメダルのようなものが提げられている。

 この世界の騎士というものに今初めて遭遇したので俺には彼を疑う要素が感じられないが、疑うとすればその行動だろうか。


「なぁ、この街の騎士は俺たち一般人に手を上げるのか?」


「そんなこと言ってる場合ですか?!」


「やだやだ! 離して!」


 アプスの肩越しに見える相手を指して聞くと、スーが大声で泣きわめいた。


「ボクはおじさんとは行けないよ! 助けて先生!」


「この!  黙れ!!」


 暴れるスーの口を男は肉厚な手のひらで押さえて黙らせた。頭を自分の胴に押し込めるようにしてしっかりと抱き抱えて身動きを封じる。


「ストランジェット! くそ……っ!」


 息を塞がれ圧し固められてしまうスーを見、アプスが焦り男に立ち向かおうとする。


 ……するのだが、どうしたことか彼は一向に構えるだけで剣を抜いて敵に振って掛かろうとはしない。

 それは相手の立場が騎士だからなのだろうか。自分よりも筋骨隆々で勝ち目がないから飛び掛かって切りつけることをしないのか。

 答えは、そのどちらでもない。


 妙だとは思っていた。大袈裟な武器を背負って歩いているにも関わらず、彼は鞘に触るばかりで柄を握る動作を俺に会ってからまったく見せていない。彼が綺麗な服を着ているのを見ながら、新品のようだと思った剣はまさに未使用の新品そのものだったのだ。

 もしかしたら、鞘から引き抜いて刃を見たことだけなら数回あったかもしれないが、おそらく。


 (アプスは自分の剣を抜いて戦ったことがこの世に生まれてこれまでで一度も無いんだ。だから身動きがとれないのか!)


 そのことに俺が気付いたのは、今ではなくもっと後になってのことだった。






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