12 恥ずかしい妄想
結局のところ俺らが店を離れていた間のスーの活躍により、ビアフランカから借りた財布の中身をシグマに手渡すことはなかった。
しかし、俺とアプスが来るまでの短時間でスーがこんなに稼ぐなんて信じられない。着替えさせられたスーは一体何をしていたというのだろうか。
シグマは幸運そうな犬頭の口を閉ざしたまま教えてはくれず、スー自身にも問い詰めようとすると話そうとせず顔を赤くしてうつむくばかりだった。
そのまま店を出て、ビアフランカが待っているであろう街の方へしばらく歩いて数分ずっとだんまりを決め込んでいた。
おしゃべりで話題の尽きないスーがこんな態度でいることに、俺は酷く焦った。
大好きな先生やあだ名で呼ぶ友達に隠しておきたいことがあったというのだろうか。だとすればそれは、やっぱり。
「なぁ、スー? いい加減に話してくれないか。俺らがいない間に何があってあんなにたくさんの宝石を……? あれは誰からもらったんだ? お客さんと何したんだ? 黙ったままじゃわからないよ」
「……んんと、ね」
「うーんうーん」と唸って俯く。どうしても言いたくない理由があるらしい。先ほどからずっとそうしているし、彼女は何度きいてみても絶対に話そうとはしなかった。
まさか相当な嫌な思いをさせられたのか。真っ赤になるほどの辱めを受けたのか。
この保護者のような感情は彼女の教師としてマグの体がそうしているのか。俺自身の本心なのか。
スーを置いて街に出たとき、彼女を放って逃げてしまおうと一瞬だが考えたこともあったのに今はどうだろう。心配で焦っている自分を俺は不思議に感じた。
「あなたちょっとしつこくないですか?」
落ち着かない俺の様子を見ていたアプスが鋭く投げかける。
「ストランジェットが話したくないんだったら、別に無理に言わせなくてもいいと思うんですけど……」
「い、いや、そうじゃなくて。アプスも心配だろ?」
「僕は別にいいんですよ……」
本当のところは彼も静かなスーには馴れないようだ。調子が狂うと呟き、表情を今日みた中で一番濁らせていた。
「というか、本当に何も覚えていないんですね……あいつの、ストランジェットの口から言わせようとするなんて」
「えっ? どういうこと……?」
アプスはスーが黙っている理由を知っている口ぶりでそう言うと、俺を呆れたような目で見た。
ちょっと待て。彼も俺と同じ立場でスーの応答を待っていたと思っていたが違ったのか。
アプスは俺がわかっていないスーの赤面のワケをちゃんと知っていて、俺に指摘していたのだ。
俺は俺の体の主と話がしたい気分になった。少し腹立たしく思いながら。いや、いつだってマグと居場所を代わってやりたいさ。思ったところでどうしようもない。
「あいつは自分の体を利用したんですよ」
本当にわからないといった顔でいたのだろう。痺れを切らしたアプスは俺に寄って、スーに聞こえないよう耳打ちする。
「体を……?」
形容するまでに遥かな時間がかかりそうな妄想が俺の脳裏を駆け巡る。
確かにスーは無邪気で愛らしいが、小さな体躯といかつい尾や羽根を持ったあの身体を使って奉仕をするとは一体。
着替えていたのはどういうことか。獣の目をした主人に爪をたてられなすすべもなかったのだろうか。
割かれる柔肌。熱気で彼女の理性を奪おうと、渦巻く欲望に動かされた顧客の一人が奥の部屋を指し示す。
深い一礼と共にスーの首の根を乱暴に引いたシグマが抵抗する彼女を冷徹な瞳で見やり、顧客と共に性欲が待つ坩堝へと向かって歩き出し……
「ちがうちがう。そうじゃないだろ俺!」
「何一人で言ってるんですか」
こういうことを考えたときにこそこのろくでもない脳に激痛を走らせてやめさせて欲しいものだ。
アプスの冷ややかな視線が現実に引き戻してくれた。
今は空想回路ではなく道路のど真ん中だ。スーの髪を乱暴に引っ張るよだれを垂らした成金の豚頭などここにはいない。
いないけれども、もしかしたらレストランにはビップルームが存在したかもしれないし、スーの頭に汚い唾を付けたろくでなしはいたかもしれない。
ああ。俺がついてさえいれば。マグが財布を持って死んでくれてさえいれば。
「わかったよ、スー。言わなくていい。怖い思いをさせてすまなかった。俺は……あれ?」
肥大した妄想を蹴散らして、散々話すことを嫌がった彼女に謝ろうとスーに振り返って手を伸ばす。
だがしかし、その手は空気を掴んで下に落ちた。彼女はそこにはいなかった。
「スーは? どこいった?」
「ええっ! いない?! 今さっきまで一緒だったでしょう?!」
話と空想の終わりに取れない空虚を手に取った俺が唖然としていると、後方のずっと先に怪しい影が揺れた。
「あっ、あそこです!」
俺が反応するより早く、影に気づいたアプスが慌てて走り出す。




