99 出発
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ユーレカがやってきた日に通話機で連絡があり、迎えのテーオバルトがやって来たのはそれから三日後の朝だった。
とうとう噂の機械都市へと出発だ。
……が、その前に。
「やーだ! やだやだ! ボクだって行きたい! 機械都市! ボクも連れてってよ先生~~!」
「あのなぁ。お前だけってわけにはいかないだろ? それにこれは遠足や社会科見学じゃないんだから」
全身を使って駄々をこねるスーをどうにかして抑えてやらなければ。いつまでも俺達は出発が出来ない。
実をいうと玄関の向こう側ではスーだけでなく、他の生徒も皆控えめに見守っている。
実際は成り行きを見守っているように見せ掛け、並んで首を伸ばしこちらを見ながら私もオレもと主張している。
スーのように俺の横っ腹にしがみついて頭をぐりぐり押し付けてきたり、地団駄を踏んだりの幼稚園生ムーブをしないだけで皆がみんな俺の出掛け先に興味津々なのだ。
単純に俺が遠出をすることに対して寂しがっているのも三割くらいはある。これに関してはみんな俺想いでかわいい子供たちだ。純粋に嬉しい。
だが、あとの七割は俺の出張先……機械都市への関心によるものだろう。
行き先を聞いた途端に全員が全員目の色を変えてしまった。機械都市に嫉妬してしまいそうになるくらいに誰もがわかりやすく、だ。
確かに俺がもし生徒たちの立場だったら、俺だって機械都市には行ってみたいと思う。
招待制で選ばれた人間にしか訪問できない謎多き未開の地。
この剣と魔法が王道なファンタジー世界に、電気をぶら下げたブティックも、夜になると自然に点く街灯も、通話機も火の出るコンロも鉛玉が飛び出す拳銃も……俺たちが当たり前のように使っている便利な技術のほとんど全てをもたらした場所。
機械都市行きの切符は彼らにとって金色のチケットだし、機械都市はまさに夢のチョコレート工場なのだろう。否、それ以上の存在なのかもしれない。
解決すべき目的が多いとはいえ、俺自身も正直なところワクワクドキドキせずにはいられない。童心に近いところで少年のハートがうずきっぱなしだ。
だが、これは遠足でも社会科見学でもないのだ。自分自身の言葉を繰り返すようだが、真剣に構えてスーにも誰にも譲らない確固とした意志で立ち塞がる。
「ストランジェット」
そしてとうとう、
「貴女はしばらく外出禁止ですよ。もう忘れたのですか?」
ビアフランカの手厳しい言葉が稲妻のようにぴしゃりとスーに落ちる。この雷、愛称で呼ばずにきちんと名前を呼ぶときの破壊力ときたら。くわばらくわばら。心の中で合掌してしまうほど。こわい。
可哀想だがビアフランカのNOが出てしまっては俺にはもうどうしてやることも出来ない。
「うぅ……。おみやげ、待ってる……」
恨めしそうな顔で俺を見上げ、服の裾で鼻水を拭きながらスーはようやく諦めて離れる。
彼女が諦めたところで他の生徒たちもちっちゃな文句を零しながら解散。引っ込んで各自の部屋に戻ってゆく。
「……お話は決まりましたか? 先生」
玄関での俺たちのやり取りが済むまで律儀に待ってくれていたテーオバルトがやって来る。
「ああ。案内頼むよ」
「わかりました。では私についてきてください」
機会都市までは彼が案内してくれることになっていた。
「では、短い間でしたがお世話になりました!」
「ぴゃーん!んぴぴょ!」
俺の後についてユーレカとメナちゃんが別れの挨拶をすると、
「うん、ユーレカさん。またいつでも遊びに来てね!」
「メナちゃんばいばいです」
もう機嫌を直したらしいスーと、ビアフランカの後ろからセージュがひょっこりと顔を出して手を振った。
約三日間特に仲良くなって距離を縮めていた二人の他にも、部屋に戻ったと思っていた生徒達が見送りに来ていた。
「では、お気をつけて」
「ありがとうございました、先生」
ユーレカはビアフランカにも丁寧に頭を下げる。
ユーレカたちのことは住所を聞き出した俺が出張の道すがら自宅まで送り届けるため同行することになったのだった。
……これは表向きには。の話だが。




