09 アプスとビアフランカ
目の前で恐怖によって怯えている少年を見て思い返してみれば、スーよりも彼の反応のほうが常識的かもしれない。
この世界の普通の基準や概念をまだ十分には理解できていない俺が言うのもおかしな話だけれど、俺が最初に出会ったドラゴンの娘は能天気が過ぎたと思う。
死んでしまったと聞かされた相手が突然目の前に現れたら、「会いたかった!」と抱きついて喜ぶ前にまずすることがあるだろう。
そう。ちょうど目の前の少年がしているような反応をするのが普通なのではないか。
「マグ先生は死んだはずだろ? お前は何で先生の格好をしてる? 何が目的だ?!」
怯えて震えながらも語気を振り絞って少年は俺を見る。
剣の鞘の上で転がる光の玉も彼の声に呼応してチカチカと電気のような輝きを散らし、俺を警戒していた。
スーのような歓迎とは正反対に、ちょっとやり過ぎとも思えるような警戒心を爆発させている彼に、
「まぁ、待って。落ち着いてくれ。これには事情があって……」
「事情って何ですか? って、いうか動くな、お前……!」
「いやいや。君、話を聞いてくれよ……!」
興奮で俺の話を聞く耳も持てないらしい。
幸い、彼は鞘に触れて威嚇をするだけで背中の大剣を抜いて斬りかかってくるようなことはしなかったが、このままでは拉致があかない。
何か彼を落ち着かせて会話を成立させるには……と、困っているところで、
「アプス。そのくらいになさいな。そちらの方が困っているでしょう?」
温暖とした優しい女性の声が俺らの間に割り込んできた。
「ビアフランカ先生。でも……」
アプスと名前で呼ばれた青髪の少年が振り返ると、石畳の地面をヒールでカンッと大きめに鳴らし声の主の姿が俺の視界にも入ってきた。
それは、ゆったりとした法衣に身を包んだ、たおやかな仕種の大人の女性だった。
長い髪を腰より下まで伸ばし優しげに目を細めていて、服装のために体の線ははっきりとは見えないが、大きく開けた胸元だけは道行くどんな人の視線も奪えそうだ。
非常に豊満で、さぞかし自由な発育をしてきたのだろうと感心するほどたわわな果実。
その大きさもさることながらそれ以上に惹き付けられるのは、美しい白肌の玉の間に歪な骨のようなものが剥き出して付いているところにあった。
動物の鋭い牙のような物体が胸の谷間を縦に裂いて交互に生え揃い噛み合って閉じている。
まるで別の生き物の口がそこに在るような作りだ。
少年からビアフランカと呼ばれた女性もまた、人間とは異なる種族なのだろう。
それを見れば誰もがすぐに解る。
「ビアフランカ……? 貴女が?」
「はい。どうなさいました? マグ教諭によく似たそちらの御方」
ビアフランカ。
何処かで聞いた名前だと思っていたが、別れる前にスーが言っていた名前だったんだ。
彼女は魔法学校の関係者だ。
それも、俺と同じ立場の教師で、俺が学校まで行って探すつもりだった人物だ。
まさかこんなところで出会うことになろうとは。
彼女の登場でアプスは渋々剣から手を離し、俺に向けていた警戒を解いた。
その様子を見守ってから、ビアフランカは俺のことを見、
「まぁ。本当によく似ていらっしゃるのね。まるで本人のよう……そっくりではありませんか」
少し遅れて上品な素振りで驚いた。
スーのような感激もアプスのような恐怖もなく、ただ穏やかな表情のまま口元をゆるめて笑う。
「ビアフランカ先生。実は俺、本人なんです」
「あらあら、まぁ」
「先生、騙されないでくださいよ?!」
表情の変化が解りづらいビアフランカに代わってアプスが側で言葉を差し込む。
聞いているのかいないのかが非常に感じ取りにくいが、俺はスーが渡してくれたメモを開いて彼女らに見せ、
「俺が蘇ったことについてはまた説明します。スーがレストランで待ってるんです。ちょっとお金を貸してもらえませんか?」
「はぁ? あんた何を……確かにこれはストランジェットの下手くそな絵と字だけど……」
「お金ですか。困りましたねぇ」
用件を伝えると、ビアフランカはのんびりとした口調で頷き自分の懐を探った。




