『TRAVEL AILEN―トラベル・エイリアン― 』
ソラ編➀
今向かってる青い惑星について、男は楽しい想像を頭の中に膨らませていた。
薄暗い宇宙船の内部で、男は無重力に身をまかせ、漂っていた。
開いている本のページを口ずさみはじめる。
「我々地球人類は、今日を持ってして、地球という『偉大なる母』の御胸を離れ、
大いなる宇宙へと旅に出る。
そして、この暗い闇の中に刻んでいくのだ。光の轍を。
そしていつか―――――かならず見つけ出すだろう。
この宇宙にいる仲間たちを。
『地球―宇宙航法の発見と第二航海時代の夜明け――』著・ウォルト=スターゲイト――――。」
最後のページに添えられていた一文と、タイトルを言い終えると、
男はパタリと本を閉じ、誰かに呼びかけるように口を開いた。
「・・シエナ、地球に関する資料は、植物性素材でできた、この媒体ひとつだけ?」
そう言いながら、男は閉じた本を、無重力の海へと放り投げた。
すると、船のどこからかともなく、落ち着いた女性の声が降ってきた。
「ええ。だってアナタ、地球に関する本は、収集しなくていいって言ったじゃない。
いつか行くから、あえて知らないでおくって。」
「ボク、そんなこと言ったっけ?」
「ええ、今から三千二百万と十五秒前に、そう発現してるわ。この操縦室でね。」
「その記録、ホントに合ってる?」
「私の記録は 正確よ。それに、私の記録機能はアナタがプログラムしたのよ?間違いないわ。」
「ああ!それなら間違いないだろうね・・でもしかし・・それじゃあ困ったなあ・・!
これじゃあ 到着するまでの時間、やることがなくなってしまった!!」
男は頭を抱えながらそう言うと、無重力の中で、パタパタ落ち着きなく、体を動かし始めた。
「耐えられない!耐えられない!地球まで どれくらい!?」
「太陽系ネットワークには 125秒前に 接続しているわ。」
淡々とした口調で、女性の声が言う。
「え?太陽系に?」
「ええ。」
「入ってた?」
「ええ。」
「いつから?」
「アナタが、最後から数えて4ページ目、364ページあたりを読み始めたぐらいのタイミングでよ。」
「ちょっとちょっと!なんでそれ、はやく言ってくれないの!!」
「集中してたみたいだから」
「まあ・・いいさ・・。
「それより、着いたのならそろそろ重力を元に戻してくれないか?」
ウウウウン・・・。という重力安定機能の低い稼働音が、唸る。
無重力の影響で、あっちこっち自由なほうを向いていた、男の濃紺色の長髪も、すとんと
重力で、地面と垂直になるよう、同方を向く。
さらに、さっき男が投げた本や、他にも浮かんでいた保存食品の殻、機械部品などが
カラカラ、ボトボトと音を立てて、宇宙船の白い床に落ちる。
やがて男の両の足も、地面にひたりと着地する。
「ウインドウを透過。」
男がそう言うと、眼前に隔たっていた、うっすらとカーブを描く丸みを帯びた白壁が、
一瞬にして透明化し、宇宙船の外景色を映し出した。
そこに映った景色―――。
男は思わず息を呑み、乾いた笑いを漏らした。
「ははっ・・
今回も長路だったけど、来る価値はじゅうぶんにあったみたいだね・・。」
透過窓に広がるのは茫漠とした『黒』、宇宙の暗闇―――。
その窓の中央に、ポツリと浮かぶのは、マーリンブルーの惑星。
白。球体表面を流れてゆく、雪原のような『雲』。
緑と茶色。動植物、生態系の気配を感じ取れる、『大地』。
青。そしてそのどれより広い領域を占める、生命誕生の深遠と、神秘性をまとう『海洋』。
周囲には入星審査ゲートに並ぶ、宇宙船が列を成していた。
碧き天球。
地球人の発祥地。友人の生まれた故郷。
地球の玄関先に到着早々、魅了されてしまった男は、おもわず感嘆の声を漏らした。
「Oh―――!! マーベラス!!」