#033.はじめてのウワキ 「うん。誘惑してんの」
武器屋を出る。
ハルナも、もう換金を終えて、宿に向かっている頃だろう。
宿はこっちだったか……?
急ぐために、近道をすることにした。
細い路地に入りこむ。家々の壁が立ち並んで、肩が左右の壁につかえるぐらいの細い路地だ。
「おっと」
俺は立ち止まった。
左右に並ぶドアのひとつから、突然、にゅっと、白い脚が伸びてきて、俺の通行を妨げたからだった。
「あらー、偶然。ダイチじゃないのー」
ミランダだった。
昼間、屋外で見る彼女は、迷宮のなかで見るのと違う印象だった。
なんていうか……、ますます美人だ。
「な、なんでっ?」
俺はびっくりしてそう言った。
「ここ。あたしとフィアの下宿」
彼女は、親指でくいくいと、上を指し示した。
二階部分は共同住宅になっているようだ。
なるほど。俺は偶然にも彼女のテリトリーに入りこんでしまったわけだ。
「えーと……。あの。ちょっと脚、どかしてくれないかな? 通れないんだが……」
彼女は片脚を蹴りつけるように壁に伸ばしたまま。
短いと言うのもはばかれるような丈のスカートから、ぱんつが見えている。
昨日まで童貞だった人間には、ちょっと目の毒だ。
ちなみにぱんつは、かぼちゃ系ではなく、高いほうのタイプ。現代みたいなぱんつ。色は黒。
「あら、ごめんなさーい。これでいい?」
ミランダは脚を壁からどかした。
どかしたのだが……。だがこんどはその脚を、俺の腰にくるりと巻きつけてきた。
「いや、あのちょっ……」
俺は慌てていた。
自分の半分の年齢の18歳の小娘にドギマギさせられているのが、なんとも情けない。。
俺は向こうの世界での年齢は36歳で――。ミランダは前にステータスを見て知っているが、18歳だ。
「今日は冒険? ずいぶん羽振り良さそうじゃない?」
「ああ。まあな……」
「聞いたわよ? 中級迷宮に入ったんだって?」
「ま、まあな……」
さっきから、俺、「まあな」しか言えてない!
余裕がある様を演じるのが精一杯。
ミランダの脚は、さらに力強く俺を捉えてきた。
下着越しとはいえ、股間が押しあてられてくる。
「いいなー。あたし、Eランクなんで、中級は入れないのよねー。あそこ、儲かるって聞いてるからー。ぜひ、行きたいんだけどー」
下半身はそんなことになっているのに、ミランダの顔にも声にも、なにも変化はなくて――。
世間話でもするような感じで、そう言ってくる。
「ね? こんどミノタウロス倒すの、手伝ってくれない? オレガノたちだけ、Dランクにしてあげて、あたしたちはダメって、ずるいと思わない? ねえ? そう思うでしょ?」
「べ、べつに……、Dランクにしたわけじゃない。あれはたまたま、流れで……だな?」
俺は精一杯説明を試みた。
なんかしきりに喉が渇く。
ハルナという者がありながら、他の女にドギマギしているのって、どうかと思ったが……。
正直、俺は興奮していた。
ミランダは美人だし。褐色の肌が健康的で、凄く魅力的だった。
陽の下で映えるタイプの美人だ。
このあいだから、おっぱい、ぐいぐい押しつけてきてたりして、すごく気にはなっていたのだ。
まさか自分がモテてるとか、自惚れたりはしなかったが……。
「いや……。まて。こういうことは順番が……だな」
「ああ。そうね。いっけない。順番が逆だったわね。お願いをするまえに、まず借りを返さないといけなかったわよね」
「借り?」
そんなの、あったっけ?
「もうっ――、命を助けてもらったお礼よ!」
ああそっか。
遭難していたミランダたちを助けたんだっけ。
「二回も!」
「二回? あったっけ?」
一度のはずだが。
「帰りにも助けてくれたでしょ?」
そうだった。
ミランダたち三人を地上に送り出してから、オレガノたちを助け、地上に戻る帰路でも、また遭難しかけていたんだった。
「いや。あれは……、俺の判断ミスだな」
シーフと魔法使いと僧侶の三人だけで、第五層から生還しろというのは、いまにして思えば、ちょいとばかり無理があった。
前衛どこだよ? 後衛ばっかじゃん。
「とにかく――、ちょっと待て。待ってくれ。……ああそうだ。これ。これを――」
俺はとにかくミランダから離れようと――。
ポケットから小銀貨8枚ほどを取り出した。金はアイテムストレージに納めてあるので、欲しい枚数をいつでも簡単に取り出せる。
「なに? このお金?」
ミランダの目が、小銀貨8枚を見つめる。
「あたし、そういうの……、やってないんだけど?」
「へ?」
「だから、あたし、ウリはやってないの! なに? そういうふうに思われていたわけ?」
ミランダの目から笑いが消えていた。
醒めた目つきで、俺を睨んできている。
なにかとんでもない誤解を与えてしまったようだ。
「ちがう! ちがう! これは途中で借りたロングソードの代金! 買い取り価格は800ギルだろ」
「え?」
きょとんとしている。目をぱちくりとさせている。
「あっ。ごめ~ん……。そ、そうよね~……。惚れた女の子のために、3万ギルも稼いでこようっていう誠実な人だもんねー。お金で女の子、買ったりしないわよねー……。あーもうびっくりしたー。てゆうか。……めんちゃい」
「わ、わかってくれたか……」
俺はほっとしていた。
これでようやく解放……されると思って安心したのだが。
なぜか、ミランダの手足が、がっちりと俺に絡まってくる。
さっきまでは股間だけだったが、こんどは全身で俺に絡みついてくる。
「あの……? ミランダ? なにを?」
「うん。誘惑してんの。誠実な人だから、このくらい強引にいかないと、だめでしょ?」
たしかにダメになりそうだった。
彼女の体温が、押しつけられる胸が、股間が、脳髄に直に響いてくる。
「いっつもハルナさんと一緒だから。一人のいまって、チャンスでしょ? さっき上から見つけて、いましかないって思ったの」
俺は蜘蛛の巣に捕らえられた羽虫の気分というものを知った。
「さっきの誤解のお詫びも兼ねて、いっぱい、気持ちよくさせてあげる」
「いやあの。……ミランダさん?」
「任せて。上手なんだ。あたし」
「いやだからあのね? ミランダさん? ……聞いてる?」
「ふふふっ。体は正直よねーっ?」
体は正直だった。
俺の体はすっかり臨戦態勢になってしまっていた。
「ここでする? 上にいって部屋でする?」
「いや。だから俺は早く帰らないと……」
俺は最後の抵抗を試みて、そう言った。
ハルナが宿で待ってるんだ。ハルナが……。
「じゃ、早く済まそ?」
路地で、ミランダと繋がった。
ウワキに関しては賛否両論あるかと思いますが、まずは、次回の嫁さんの反応をみていただけると~。
m(_ _)m




