#020.ハルナと二人で食事をする 「椅子に座っていいんだよ」
目覚めたときには、すぐそこに女の子の顔があった。
「お目覚めになられましたか」
ぱっちりと開いている目が、俺に向けられる。
うわっ。わわわーっ。
顔近っ。
まつげ。長っ。
やっぱりこの娘は、美人だった。
俺と彼女は、寄り添うようにしてベッドに横たわっていた。
てゆうか。俺が枕にしていたのは彼女の腕だった。
「うわっ。俺寝てた!?」
がばりと起きあがる。
「いま何時? どのくらい寝てた?」
「正確な時刻はわかりませんが、昼ぐらいです」
あれ? じゃあ意識を失っていたのは、数分とか、それくらいか?
「ご主人様は、丸一日、よくお休みになられていました」
うっわ! 二十四時間もかよ! 一度も目を覚まさずに!
飛び起きて、ばくばくとしていた動悸もすこし収まってきて、すこしは頭が働くようになってきて――。昨夜――ではなくて、一日前の出来事を、すこしは思い出してくる。
「あの。俺……、君になにか変なことを……」
恐る恐る問いかける。
たしか意識の途切れる直前、欲望にまかせて不埒な行為に及ぼうとしていた記憶が……、うっすらと……。
「いいえ」
「そ、そうか……」
彼女が首を横に振ったので、とりあえず、安心する。
「でも私はご主人様のものですので。なにをされても構わないんですよ?」
うおう。
す、すごいことを言う……。
な、なにをしても…。
ごくり……。
「ご主人様は倒れるように眠ってしまわれました。よほど疲れておいでだったのですね」
「き、君は……、一日ずっと?」
一日ずっと腕枕をしてくれていたのだろうか。つきっきりで添い寝してくれていた?
「あ。だいじょうぶです。私はご主人様ほど疲れてはいませんでしたし。狼牙族はもともとそれほど睡眠を必要としないんです」
「つまり? どのくらい起きてたの?」
「十八時間ぐらいでしょうか」
「す、すまない」
「いえ。お寝顔を拝見させていただいておりましたので。まったく得で……。あっ。いえ。なんでありません」
「………」
「………」
ベッドの上で、二人並んで腰掛けて、二人で無言でいる。
そういえば、さっき、なにをしてもかまわないとか言っていた。
なにをしてもかまわないということは、つまり、昨夜のつづきをしてもかまわないということだろうか。
ベッドについていた手を、すこしずつ動かしてゆく。
一センチ刻み、一ミリ刻みで、動かしていって、彼女の手に重ねようとした、その瞬間――。
ぐう~きゅるるるる。
「……す、すいません」
可愛らしいお腹の音が、変な気分を中断してくれた。
そうだよな。丸一日、俺につきっきりだったということは、丸一日、なにも食べていなかったわけで――。
「まずは、なにか食べに行こうか」
「はい」
あ。尻尾がぶんぶん動いてる。
◇
一階に下りる。
フロントというほどでもないが、宿の人を見つけて、宿代を払っておくことにする。
宿代は1日分しか払っていなかったので、本来なら時間超過なのだろうけど。
小銀貨1枚で、まとめて5日分ほど、前払いししておく。
なんか見覚えのあるチビッコ兄妹を見かけた。昨日、湯を持ってきてくれたチビッコたちだ。
今夜も頼むよ。――と、小銅貨3枚を握らせておく。
宿の人と似てないから、たぶん家族とかではないのだろう。小学校に上がるかどうかというこんな歳から、兄妹揃って労働しているとは、異世界って大変だと思った。
ハルナを連れて、外に出た。
店の人の話では、近くに美味しい食堂があるらしい。
昼をすこし回っているせいか、食堂にはいくつか空席があった。空いているテーブルの一つを選び、二人で向かい合わせに座ろうとした。
……のだが。
なぜかハルナが、俺の席の後ろに回って、そこで立っている。
「ええと? ……なにをしているのかな?」
「ご主人様のお食事の世話を」
「君も座ってほしいんだけど」
「はい」
ハルナは、床に正座しようとして――。
「ああーっ! そうじゃなくて椅子に――」
俺は慌ててそう言った。
「ご主人様」
ハルナは、ぴしっとした顔と声とで、俺に言う。
「……奴隷は主人と同じ席についたりしないものです」
「俺は気にしないというか。むしろ君が床に座っていたら、俺が気にする」
女の子を床に正座させて食事するとか、どんなプレイだよ?
俺はそこで周囲を見回し――。
「ひょっとして、店で奴隷が客として食事をするのは、いけないこと?」
「いえ。主人と一緒であれば構いません。ペット連れで入店するのと同じです」
ペ……、ペット扱いなのか。
「とにかく座って。一緒に食べよう。いや。一緒に食べたいんだ」
「かしこまりました」
メニューを開く。
読み書きのスキルを取っているので、ハルナに読んでもらわなくても自分で読めた。
「なにを食べたい?」
「ご主人様のお好きなもので」
やっぱりこう言ってくるよなぁ。
「ええと……。肉と……、魚と……」
言いかけたところで、わかってしまった。
「肉」のときと、「魚」のときとで、尻尾のぱたぱた度合いが違っている。
顔はクールに取り澄ましているのに、あれ、自分で気がついていないんだろうなぁ。
「あと。サラダは?」
「ご主人様がお入り用でしたら」
「この鳥肉の載ったサラダなんてどうかな?」
ぱたぱた。
「あとパンなんだけど」
「ご主人様の――」
「揚げた肉を挟んだパンがあるって」
ぱたぱた。
……わかりやすい。
ハルナは肉好きのようである。
考えてみれば当然か。狼牙族というのは、狼系の獣人種族らしい。
食生活も狼寄りなのだろうから、お肉大好きなのも、うなずける。
肉と、肉の載ったサラダと、肉を挟んだパン――カツサンドみたいなものを二人分頼んだ。
「うおっ……。すげえ量」
ステーキなのかローストビーフなのか、よくわからない塊が出てきた。
一ポンドどころのサイズではなく、一キロ以上はありそうだ。
二人分なのかと思ったら、これで一人分らしい。ハルナのまえにも、同じサイズの巨塊がどかっと置かれる。
サラダもLLサイズ。カツサンドっぽいモノに至っては、ちょっとした百科事典ぐらいのサイズ。
「いただきます」
ハルナは、食べるまえに、なにかしきりに祈っていたが――。俺は日本人的に、軽く手を合わせただけで食事をはじめる。
食べはじめてみれば、腹が減っていることに気がついた。
丸1日飲まず食わずでいて、そのあと丸一日、爆睡していたわけだ。そりゃ腹も減る。
それでもこの量は、ちょっと食い切れず――。
ハルナが俺の残した肉と肉と肉を、物欲しそうに見つめている。
いや。表情的にはいつものクールさんで、一切、表にあらわしてはいなかったが、なんとなくそうだと直感した。
「食べる? ちょっと食い切れなくて――」
「いえそんなっ! ご主人様の残り物を頂くなんて、そんなこと――!」
「あ。ごめんね。嫌だよね」
「――そんな光栄なことっ!」
あ。そっちですか。
ハルナの健啖ぶりを、微笑ましく見つめた。
エサ代大変そう。……などとは、これっぽっちも思っていない。ほんとうだ。
長くなりそうなので、いったん、分割します。
イチャラブ回、まだまだ続きます。
こーゆーところを描きたくて、この物語を描いてるようなもんっス!




