#019.宿に行く 「ご主人様。お体を拭かせていただきます……」
奴隷商人に見送られて、店を出た。
歩く。歩く。そのまま歩く。
ハルナは俺の斜め後ろにぴったりとついてくる。
たまに、ついてくる位置取りを変えている。なんでかなと不思議だったが、しばらくして俺は気がついた。
俺の影を踏まないようにして歩いているのだ。
「あの。ご主人様? どちらに向かわれているのでしょう? 今後のご予定は?」
「正直、君を助けることで頭がいっぱいで、その後のことは、まるで考えていなかった」
「それでしたら、ご主人様は、まず、お食事と休息を取られたほうがよろしいかと。あの……、昨日の昼前から、ずっと……なんですよね?」
ハルナは太陽を指差した。
太陽は、ほぼ真上に昇っている。
いまは昼ぐらいか。
飲まず食わず休まずで、二十四時間ぶっ通しで戦い続けていたことになる。
なるほど。頭がぼーっとするのは、疲れているせいか。
「ええと……、風呂食って、飯入って……」
「ご主人様? ごはんは入るものではなく、お風呂は食べるものではないと思います。あとお風呂なんて、貴族の屋敷にしかないと聞きます」
「なにからやろう? どれも面倒くさい気が……」
眠い。ひたすらに、眠い。
「ハルナは、疲れてないか?」
「いえ。私は深夜からでしたので……。狼牙族は、けっこうタフなんですよ?」
「そうなのか」
考えがまとまらない。眠い。
「あの。よろしければ湯浴みを最初にやられてはいかがでしょう? お風呂はさすがにありませんが、宿にはそろそろ入れますので」
「ああ。そっか。臭いっけな。ごめんな」
「いえっ……、気になりませんが」
ポイズントードの毒液を浴びて、そのままだった。
そういえばギルドの人が、顔をしかめていたのは、このせいか。人が遠巻きになっていたのも、このせいか。
奴隷商人さんのほうは、顔色一つ変えてなかったな。すごいな商売人。
宿屋、というプランは、とてもいいアイデアのように思えた。
ベッドがあるのがいい。
追加の二万五千ギルを払っても、まだ小銀貨と大銀貨がすこし残っている。
二人分の宿代ぐらいは、まったく問題ない。
日本円で換算すると、何十万円かは持っている計算だ。すくなくとも今日明日の心配はしなくていい。
「宿でしたら、いい宿を聞いて知っています。こちらです。ご主人様」
「うん……」
俺はハルナに腕を取られて、操縦されるように歩いていった。
◇
宿に入る。
まだチェックインには早かったようだが、料金にちょっと上乗せすると、快く二階の部屋に案内してもらえた。
二人、一泊で、大銅貨2枚。20ギル。
日本円でいうと2000円だが、ミランダに聞いた一日の生活費からすると、これでもかなり上等な宿っぽい。
それでも小銀貨1枚にさえならないのだから、やはり所持金の面で問題はないな。
ベッドに腰掛けてぼんやりしているうちに、湯が出てきた。
たらい一杯の湯を、小さな男の子と女の子と、二人して運んでくる。
「ご主人様。お財布を開いてもよろしいですか?」
湯は別料金らしい。ハルナに任せる。小銅貨の2、3枚を払ったようだ。
全財産の入った財布を預けるとか、財布の中身を見せるとか、ひょっとしたらこの世界では奴隷にやってはいけないことなのかもしれないが……。
彼女が裏切るなんて思えなかった。また彼女になら裏切られてもいいと思った。
「ご主人様。こちらに屈んでいただけますか? 御髪を洗わせていただきます」
「うん」
たらいの前に頭を突き出す。彼女の手が、俺の髪に湯を掛け、そして梳いてゆく。
なにこれ、すっげぇ気持ちいい。
他人の手で髪を洗われることが、こんなに気持ちのいいことだったなんて。
千円床屋でケチってないで、高い床屋に行っとけばよかったー!
「頭が終わりました。づきは体を清めたいと思います。お召し物を……、その……、取らないとっ」
ああ。そうだな。
俺はシャツを脱いだ。
湯に浸して絞ったタオルで、彼女は俺の背中をぬぐってゆく。
「あ、あの……、ま、前も……、失礼させていただきます」
背中を拭き終わると、こんどは胸や腹をぬぐいはじめる。
だがなぜか前に回ろうとせず、背中側から手を伸ばして拭いているものだから、彼女の体が、俺の背中に密着してきて、えらいことになっていた。
なんでこんな態勢になっているのか。
ああそっか。恥ずかしいからか。背中ぐらいだったらともかく、彼女も男の裸を見るのは恥ずかしいのだろう。
だけど……。
彼女の細身なのに大きなそこが、俺の背中に押しあてられてきていて……。
スゴイことになってきているんですけどー。
「あの……、えっと……、終わり……です」
体をすべて拭き終わったところで、彼女はそう言った。
だがそれまでに俺は、もう完全にテンパってしまっていた。
十数分にも渡る長時間、女性の手によって、体を撫で回されていたわけだ。いいやべつに撫で回していたわけでなくて、彼女は単に、俺の体を拭いていただけであるが……。
人生36年。いいや3万年? こんなことは一度もなかったわけで。
俺はまったくもって辛抱たまらない状態になっていた。
拭いている最中、背後からとはいえ、彼女の手は数回は〝それ〟とニアミスしていたし――。そして〝それ〟の状態に関して、なにも言わなかったし――。ということはつまり彼女も了承済みであるということなのだろうし――。
彼女の体が離れていった。
背中に触れていて、そこにあるのがあたりまえだったぬくもりと弾力がなくなることに俺は耐えきれず、つい、彼女を背後から抱きしめていた。
たらいでタオルを洗っていた彼女は、びくっと身を固くする。
「あっ……」
小さな声が洩れ出した。
しかしその声が、「だめ」でもなく「いや」でもないことだけは確認して、俺は……。俺は……。
理性の糸が、ぷちん、と音を立てて、ぶち切れる
もう止まらない。
俺は彼女にキス……を、したんだと思う。
彼女は震えていたが、拒んではいなかった……のだと思う。
そのへん、ちょっとばかり、定かではない。
なぜなら急激に睡魔が襲ってきたからだ。
襲ってしまいはしたが、無理矢理ではなかったことに安堵しつつ――。
俺は彼女に抱きついたままで、意識を手放した。
そういえば丸一日も不眠不休だったわー。
次回も、ハルナとめっちゃイチャつきます!
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二人の〝初夜〟まであと何日だ! 早く読ませろ!
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