#001.異世界にきた 「ステータスオープンと、お金の数えかた」
気づいたときには、路地の奥に立っていた。
いいや……。立ってなかった。
まだ足は地面を踏んでない。
体の中心、胴体部分から、手足の末端にかけて、しゅわしゅわと光の粒子が寄り集まって、体が出来てゆく最中だった。
見上げれば、上のほうから不思議な光が差してきている。
手ができて指ができる。手を握って確かめていると、両足が地面を踏む感触も感じられるようになる。
天上から差してきていた光が、弱まっていって――。
《年齢はすこしサービスしてやったです! 加齢臭カンベンです!》
とか、失礼な言葉とともに、光が消えた。
しばらく待ってみたけど……。
なにもない。それだけだった。
あれ? これだけ?
このあと、どーすんの?
路地の奥に立っている。服は着ている。異世界の服っぽい感じのシャツとズボンだ。
ポケットがあったので、手を入れて探ってみる。
革袋が出てきた。
中には、お金? ……なんだろうな。銀貨と銅貨。それぞれ大きいやつと小さいやつとがある。どれも数枚ずつ入っていた。
それぞれの貨幣に、どれだけの価値があるのか、わからない。
「……こんだけ?」
服とお金。それだけを持って、街中に立っている。
まあ……、異世界転生もののスタートっていったら、だいたい、こんなもんか。
荒野に出現して、いきなりモンスターと戦わされていた話もあったから、割と恵まれているほう?
あとは勇者として召喚されて、いきなり役目を与えられたりとか、そういうメンドウクサイ系もあったなぁ。
「ステータス・オープン……」
とりあえず、そう言ってみた。
WEB小説での定番ワードだ。
だめもとで言ってみたのたが。
そうすると――。
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名前:ダイチ
種族:ヒュース ♂
年齢:25
職業:平民Lv1
HP :11/11
MP : 5/ 5
STR:12
CON:10
INT: 9
WIS: 7
DEX: 9
AGI:10
CHA:10
LUK: 8
装備 :平民の服
スキルポイント:0
▽▽▽
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お……。なんか出た。
目に見えるわけではないけど、頭の中に浮かんでくる。
まあ、なんつーか……。
本当にスタートレベルなんだな。
Lvも1で、職業もステータスも普通で――。
スキルもなんにもなくて……。スキルポイントも0なのか。
あれ? なんかくれるって、言ってなかったっけ?
あの駄目天使。略して駄天使。
ユニークスキルが、なんだとか、言っていたような気が……。
そもそもスキルなんて一個もないじゃん。
――とか思ったら、「▽▽▽」があることに気がついた。2ページ目があったっぽい。
2ページ目に意識を向けると――。
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スキル:
『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』『ヨメクル』
▽▽▽
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うわぁ! なんじゃこりゃー!
2ページ目がバグってた! 埋まっていた! そして3ページ目もあるっぽい。さらに続きもあるようだが、そこまでで見るのをやめたので、いったい何ページ目まで続いているのかは、確認していない。
同じスキルがいくつも重複するなんて、聞いたことがない。
だいたい『ヨメクル』ってなんなんだ?
スキル名に意識を集中してみたが、とくに説明とかは得られなかった。
ヘルプ機能を出すには、きっと『鑑定』とか、そういった種類のスキルが必要になるのだろう。
ふう……。
わからないことを考えても仕方がない。
路地を出て、歩き出した。
街中は木造の建物が目立っていた。いかにもファンタジー世界といった感じ。
行き交う人々は、人間――ヒュースというのかな。それが最も多いが、多種多様な種族が混じっているようだった。エルフっぽい人とか、ドワーフっぽい人とか、獣人とか、トカゲ人とか、そういう人も一定割合で混じっているようだった。
ショーウィンドウの前を通りがかったとき、ガラスに映った自分の顔に目が行った。
なんか違和感がある……?
違和感がないことに違和感があるというか……。
なにかへんだった。
自分の顔を、色々と角度を変えながら見ていたら、違和感の正体に気づいた。
どこもおかしいところはない……はず。
「……ああ」
しばらく見ていたら、理解した。
最近、鏡を見ることがなくなっていた。なんでかというと、36歳の老けた顔を見るのが嫌だったからだ。
ガラスに映るその顔は、まだよく鏡を覗きこんでいた頃の、自分の顔だったのだ。
だいたい25歳ぐらいだろうか。
そういえば駄天使が「年齢はサービスしてやるですよ」とか言っていた。
前の世界からこの世界には、そのままの体で来たわけではなくて――。
さっき光の粒子から肉体が生まれていた。そのときにどうにかしたのだろう。
そういや、WEB小説なんかでは、転生すると、なんでか16歳ぐらいに生まれ変わっているんだよなー。
そんなガキの年齢にされても困るし。
若くなるとはいっても、このくらいまでが有り難い。36→25くらいなら、そんなに違和感もない。
べつに前の年齢でもよかったんだが……。36歳ってのは、いいかげん諦めのついてくる年齢だ。「自分はまだまだ若いんだ!」なんて、自己暗示で自分に言い聞かせるのをやめるというか。おっさんと加齢臭を受け入れるというか。そういう歳だ。
――と、そんなしょうもないことを考えていたとき。
いい匂いが漂ってきて、俺の鼻をくすぐった。
急に空腹を覚える。
作り直されたばかりの体でも、腹は減るんだなぁ。
あたりまえか。
匂いのもとは、道端の屋台だった。串焼きを焼いている。
「兄さん。1本どうだい? うちの串焼き。1本2ギルだよ」
屋台の店主が、そう言ってきた。
なにかの肉を串に刺して、タレで焼いた料理だ。
革袋を出して、中を開けて見る。
銀貨と銅貨が二種類ずつ入っているが、どれがどれなのやら……。
しかたがないので、財布の中身を丸ごと相手に見せた。
「それ。小銅貨で2枚な。――てか金持ちだな。大銀貨まで持ってんのか」
小さいほうの銅貨が小銅貨か。1枚1ギルってことか。
「こっちだと?」
大銅貨を示す。
「串焼き5本で大銅貨1枚だ」
なるほど。大きいほうの銅貨は10ギル相当なのか。
「こっちは?」
こんどは銀貨を示す。小さなほうの小銀貨だ。
「おいおい。うちの串焼き、ぜんぶ買い占めるつもりかい? こっちは嬉しいけどな」
てことは、銀貨は小銅貨100枚――100ギルぐらいかな。仕込んであって焼いていない串焼きの本数からすると。
最後に、大きいほうの銀貨を示すと――。
「無理」
言われてしまった。こちらは、かなりの高額貨幣らしい。
「まったく。金の数えかたも知らないとか、どこのお坊ちゃんだよ」
「あはは……」
タレを付けて、焼きあげた串を受け取る。かわりに小銅貨2枚を――と、そこで思い直して、もう1枚ほど足して、3枚を渡すことにする。
「ありがとな。兄さん。チップをもらったから忠告だ。財布の中身をあまり人に見せびらかせないほうがいいぜ。悪い奴らがそこらじゅうにいるからな」
店主から、そんな言葉をもらった。
なるほど。確かに。
ここは日本じゃないんだ。盗賊もスリも普通に街中にいるはずだ。
財布の革袋をしっかりとポケットにしまって、さらに用心のために片手も入れて、しっかりと握りながら、もう片方の手で串を食べながら街を歩く。
2ギルの串焼きは、かなりのボリュームがある。一本でけっこう腹が満たされる。これ日本で買ったら最低500円くらいはするな。
1ギルっていくらなのだろう? そのまま計算すれば250円だが、このぐらいの文化レベルの世界では衣食住に関わる物は格安になると聞いたこともある。
1ギル=100円くらいと思っておけばよいのだろうか。
日本円との換算も楽だし。とりあえず、そうしておこう。
大通りには、様々な店が並んでいる。
だが看板に書かれた文字は読むことができない。
まあなんの店なのか、見ればだいたいわかるが。
そういえば……、と。
さっき、普通に会話できていた。日本語とは違う言語なのはわかるが、なぜか理解できたし、話すこともできていた。
会話はデフォルトで出来るわけか。
そういや、現代じゃないのだから、識字率とかは、けっこう低いはずだ。文字の読み書きはできないほうが「普通」のはず。
会話はできるのが「普通」。読み書きはできないほうが「普通」。
転生したときのデフォルトで「普通」になっているのだろうか。
ところで……。さっきから気になっているのだが。
通り過ぎてゆく人のなかに、たまに、目立つ首輪を付けている人がいるんだよな。
首輪を付けた人たちは、えてして、身なりのいい人の後ろをついて歩いていたりする。一人で歩いている場合は、だいたい荷物を持っている。
あと共通しているのは、首輪をしている人たちは、ずいぶんとボロの服を着ていて、たいてい裸足だ。
街の人たちは、首輪を付けた人たちがいても、まったく気にしていない。
いるのがあたりまえという顔をしている。
……奴隷?
そういえば、WEB小説の異世界ものでは、たいてい、奴隷がいるっけ。
しかし……。人を買うって……。
うう……。
現代世界で育った人間には、抵抗あるなぁ。
すごい「イケナイ」ことのような気がする。
まあ、この世界では、それがあたりまえなのだろうから、慣れるしかないのだが。
前の世界ではもう死んでいて、こちらの世界で生きていくしかないのだし。
とりあえず、どうしたものか。
お金は――ある。
盗まれたりしなければ、しばらく暮らせるぐらいはあるっぽい。
あの屋台の店主のリアクションを見ると、大銀貨は相当な高額貨幣っぽい。
小銅貨が1ギル。100円玉か。
大銅貨が10ギル。1000円札か。
小銀貨が100ギルだから、これは1万円。
大銀貨は1000ギルで、ええと……。10万円。
その大銀貨が数枚はあるので、数十万円ぐらいは持っていることになる。
宿代や食費がいくらなのかはわからないけど。たぶん数ヶ月かそこらは生きていける額だろう。
ずいぶん用意してくれたんだな。駄天使なのに。
このお金がなくなる前に、なにか仕事を見つけよう。
まずは住むところだな。いずれ部屋を借りるなりして定住するとしても、最初は宿屋で部屋をとって――。
と、この世界で生きるための現実的なプランを考えていた、そのときだった――。
次回、ヒロイン出ます。
第一のヒロインは、犬耳奴隷嫁です。